第1回 スペイン法を学ぶ前に… – スペインの地理の特徴・地名、多様な言語について学ぼう
最終更新日: 平成29年(西暦2017年)8月31日
目次
はじめに
いよいよ「スペイン法入門講義」が始まりました。
しかし「スペイン」という国の特徴を知らずに「法」を語ることはできません。「法」はその時代や場所(地域・国)の価値観を映し出すものであるからです。
したがって、本格的な「スペイン法」の講義を始める前提として最低限理解しておかなければならないと考えられる知識を習得した後に本格的な「法律学」の学習に入るカリキュラムを組みました。
今回はスペインの地理の話を中心に展開していきます。地理的要因は国民性や地域性を形成するのに大きな役割があります。そこで、地理的な特徴を学習して地名を覚えていきます。
また、スペインの「言語」の現状を理解することが歴史や法律を学ぶにあたって手助けになります。なぜそうなのかはここではくわしく述べることは敢えてしませんが、受講していただければ後々その意味合いがじわりじわりと分かってくださることと思います。
それではいっしょに学習を進めていきましょう。
スペインってどんな国? – スペインのあらまし
まずはスペインについての簡単な情報から見てみましょう。
外務省のウェブサイト情報を参考に、2016年1月現在のデータに差し替えてスペインのデータを掲げたいと思います。2016年データは、[INE (Instituto Nacional de Estadística)のデータ]から算出しています。
- 面積:50.6万平方キロメートル(日本の約1.3倍)
- 人口:約4,655万人(2016年1月)
- 首都:マドリード(人口: 約316万人)(2016年1月現在)
- 言語:スペイン(カスティーリャ)語。
- 政体:議会君主制 (Monarquía Parlamentaria)
- 国家元首:フェリペ6世(Felipe VI)国王(2014年6月19日即位)
上の情報に付け足していきます。
「面積」についてはスペインは世界で51番目に広いです。ちなみに、日本は世界で61番目に広い国です。
「人口」について見てみましょう。スペインは世界で29番目に多いのに対し、日本は世界で11番目に多いです。ちなみに、最近まで日本は10位だったのですがメキシコに抜かれて現在は11位です。
次に「首都」についての情報です。下の地図からマドリードを探してみましょう。
マドリードの場所はスペインのほぼ中央部に位置しています。あまりイメージがわかないと思いますが、標高は667mと比較的高いところにあり、同じヨーロッパで高いところにあると思われがちなスイスの首都であるジュネーブと比較しても高いところにあります。
次に、「言語」についてはこの講義の最後にとりあげますので、ここではパスします。
「政体」及び「国家元首」については、現時点においては少し分かりずらいと思いますが、これも第5回と第8回の内容を一通り学習すれば、何を言っている話なのかはすぐに分かります。最初は言葉だけ覚えておいてください。
最後に、世界のGDPの順位を見ながらスペインと日本の順位を掲げておきましょう。なお、単位はmil.US$です。
順位 | 国名 | GDP(百万ドル) |
1位 | 米国 | 17,947,000 |
2位 | 中国 | 10,982,829 |
3位 | 日本 | 4,123,258 |
4位 | ドイツ | 3,357,614 |
5位 | イギリス | 2,849,345 |
6位 | フランス | 2,421,560 |
7位 | インド | 2,090,706 |
8位 | イタリア | 1,815,757 |
9位 | ブラジル | 1,772,589 |
10位 | カナダ | 1,552,386 |
11位 | 韓国 | 1,376,868 |
12位 | ロシア | 1,324,734 |
13位 | オーストラリア | 1,223,887 |
14位 | スペイン | 1,199,715 |
15位 | メキシコ | 1,144,334 |
16位 | インドネシア | 858,953 |
17位 | オランダ | 738,419 |
18位 | トルコ | 733,642 |
19位 | スイス | 664,603 |
20位 | サウジアラビア | 653,219 |
スペインは不況でここ数年で順位を落としてしまいましたが、EU圏内では5位でヨーロッパの経済活動を牽引しています。
スペインの地形の特徴
スペインが位置する「イベリア半島 (Península Ibérica)」を取り巻く状況を見てみましょう。
スペインを取り巻く海
スペインの北東部はフランスの国境に面しており、東部は地中海 (Mediterráneo)、西部はポルトガルや大西洋 (Océano Atlántico)と接しています。そして、南部はイベリア半島とアフリカ大陸の間が約15km程と言われている「ジブラルタル海峡 (Estrecho de Gibraltar)」があります。ここは歴史的に見てもヨーロッパ大陸の重要な拠点になる場所なのですが、現在はイギリスの海外領土となっていて、領土問題が生じている場所です。北部はイングランドと接しており、良質な海産物が数多く獲れるビスケー湾(ビスカヤ湾)があります。

バルセロナの港
スペインの周りは海に面しており、何とスペイン国境の外周の85%が海に面していて、日本と同様に「海洋国家」の一面もあるといってもよいと思います。
スペインの山系

イベリア半島内部に目を向けてみると、中央山系をはじめとしてイベリア半島が山がちな半島であることが見て分かりますね。実は、スペイン国内の国土の73%は標高400m以上の土地です。そして、イベリア半島中央部に広がる台地のことを特に「メセタ (Meseta)」と呼びます。スペインの首都であるマドリード (Madrid)は、メセタと呼ばれる台地の中央部に位置し、標高はヨーロッパの中でもピレネー山脈の山中にあるアンドラ公国の首都に続く2番目の高さで、標高は667mあります。
スペインの河川
スペイン国内には、かつて首都のあったトレド (Toledo)に面して流れる「タホ川 (el Tajo)」やスペイン南部のアンダルシア地方を流れる「グアダルキビル川 (El Río Guadalquivir)」などの川もありますが、川幅が狭い傾向がある上に降水量も少ないことから、交通手段として河川はなかなか使用できませんでした。

トレドの街並み
参考までに、イベリア半島を流れる主要河川のデータをWikipediaから抜粋してみました。
イベリア半島の主要河川 | |||
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河川名 | 全長 (km) |
流域面積 (km2) |
国 |
エブロ川 | 910 | 86,100 | スペイン、フランス(支流)、アンドラ(支流) |
タホ川/テージョ川 | 1,007 | 80,600 | スペイン、ポルトガル |
ドゥエロ川/ドウロ川 | 895 | 78,952 | スペイン、ポルトガル |
グアディアナ川 | 818 | 67,733 | スペイン、ポルトガル |
グアダルキビール川 | 657 | 57,101 | スペイン |
フカル川 | 498 | 21,578 | スペイン |
セグラ川 | 325 | 18,870 | スペイン |
ミーニョ川 | 315 | 16,275 | スペイン、ポルトガル |
スペインの地理を踏まえて歴史的なお話を少しだけしますと、スペインは海を隔ててアフリカ大陸があったりヨーロッパ大陸が陸続きであったりしたために多くの民族の流入が多数見られた一方、半島内は極めて山がちでかつ交通を遮断するように河川が流れているために、侵入してきた民族が半島全体を統一するということは極めて難しく、これらの地形によって遮られた空間の中で独自の文化を作っていく傾向が強くなっていきました。特に民族流入については第2回でくわしく見ていきますが、スペインの歴史にはこのような傾向があったのだということは頭に入れておいて損はないと思います。
最低限覚えておくべきスペインの地域名と都市名
ここで、最低限覚えておくべきスペインの地域名と都市名についてあげてみたいと思います。もちろん、ここで「最低限覚えておくべき地域名・都市名」として列挙しなかった都市が重要ではないことを意味するわけではありませんが、このサイトでこれから話を進めるにあたって最低限知っておかなければ何を言っているのかよく分からなくなるおそれがあるので、それを「最低限覚えておくべき地域名・都市名」として挙げていきたいと思います。
スペインの地域(自治州名)
まずは地図をご覧ください。

スペインにおける自治州の地図
スペインの自治州については、詳細は別に項目を立ててじっくりと見ていくことにしますが、その中でも重要な地域名・自治州名を4つあげたいと思います。
- スペインの北東部に位置するカタルーニャ地方です。ここの州都は、1992年にオリンピックが開催され、世界的なサッカーチームのFCバルセロナがあることで有名な「バルセロナ」です。
- スペイン北部のナバラ自治州及びバスク自治州をバスク地方と呼びます。
- スペイン北西部に位置するガリシア地方。
- スペイン南部に位置するアンダルシア地方。
まずは最低限は上に掲げた4つの地方はきちんと覚えてください。そして、余裕があれば当研究室で作成した17の自治州の動画を見てどのような自治州があるのかに触れてみてください。もちろん一度に覚える必要はありませんし、この講義をとおして全部の自治州名と場所と自治州旗を覚える必要もありません。
自治州は多様なスペインの文化を尊重するために憲法上認められた制度であるということを知っておくと後々の講義の理解の手助けになると思いますので、その点は記憶しておいてください。
覚えるべきスペインの都市名

覚えるべきスペインの都市名
上の地図の中で赤い丸で囲った都市名は、ぜひ場所とともに覚えましょう。一応注釈をしておきます。
- バルセロナは、カタルーニャ自治州の州都です。
- ビルバオはバスク自治州(バスク国)の州都ではありませんが、バスク自治州では一番人口が多く、中心都市です。
- サンティアゴ・デ・コンポステーラは、ガリシア自治州の州都です。
- バレンシアは、バレンシア自治州の州都です。
- セビーリャは、アンダルシア自治州の州都です。
- コルドバやグラナダはアンダルシア自治州の中心都市の1つですが、歴史でも登場する重要な都市です。
この講座で登場する都市の全てを網羅するものではありませんが、スペインを知るのであれば、最低限は記憶すべき都市名だと思います。欲を言えば、地図で示されている名前は憶えてもよいと思います。
スペインの言語事情について
スペインは、昔からその地形的条件及び気候的条件によって内陸の交通が容易ではなく、各地方は長い間孤立してきました。その一方で、イベリア半島の地理的条件のために「アフリカとヨーロッパ、地中海と大西洋の出会いの場」となり、歴史的にも様々な民族と文化を取り入れてきました。
そのため、スペインでは個性的な言語が各地で存在しています。具体的には、スペイン北東部で地中海沿岸のカタルーニャ地方で話されている「カタルーニャ語」、スペイン北西部のガリシア地方で話されている「ガリシア語」、そしてゲルニカなどで有名なスペイン北東部地方にあるバスク地方で話されている「バスク語」などがあります。
話が脱線しますが、「あいさつ」をそれぞれの言語で比較してみましょう。日本語が書いてありませんが、いつの時間帯の挨拶なのかは英語の欄を見ていただければ分かっていただけると思います。
(スペイン語) |
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ボクたちが大学の授業や本屋さんなどで目にしている「スペイン語」とは「カスティーリャ語」のことを指します。第2回の講義以降でくわしくお話しますが、カスティーリャ語とはかつてイベリア半島に存在した「カスティーリャ王国」で話されていた言語のことでして、歴史的にカスティーリャ王国が他の地方の国々よりも影響力が強く、他のイベリア半島にあった国(地方)にその勢いが及ぶとカスティーリャ語がスペイン全土で話されるようになっていった経緯があります。
くわしくは第2回から第4回まで(第3回はこちら)のスペインの歴史をお話しする時に触れようと思いますが、カタルーニャ語などが公用語として認められていた時期もありますが、中央集権的な政策をとっていた時代や現在の「1978年憲法」体制前の「フランコ体制」の時期(1939年から1975年まで)においては、公的な場所におけるスペイン語(カスティーリャ語)以外の使用は固く禁じられていました。
例えば、
“¡Si eres español, habla en español !”
(もし君がスペイン人ならスペイン語を話せ!)”¡Si eres español, habla la lengua del Imperio !”
(おまえがスペイン人なら帝国の言葉を話せ!)
というポスターが、カタルーニャ地方やバスク地方やガリシア地方にの町角に貼られていたり、1939年8月29日付の「バングアルディア」紙 (カタルーニャ地方の新聞)には、
“Multa de 10.000 pesetas a la casa comercial titulada “La Saldadora” por la publicación de anuncios no redactados en el idioma nacional. Multa de 1.000 pesetas y destitución del alcalde del Ayuntamiento de Teya, por empleo del dialecto catalan en las comunicaciones oficiales.”
国民の言葉で書かれていない広告を発表した場合にはラ・サルダドラ商会に1万ペセタの罰金を科す。公的伝達にカタルーニャ方言を使用した場合にはテヤ市町村長に1千ペセタの罰金を課し解任するものとする。
という記録があり、カスティーリャ語以外の言葉を話すことができませんでした。新聞記事の引用に「カタルーニャ方言」という言葉がありますが、カタルーニャ語は「言語」ではなく「方言」という扱いを受けていたことがここからも分かると思います。
さらに、フランコ時代の晩年には経済成長とともに姿勢を軟化させ国民の民主化要求にある程度応えていたものの、1970年初頭の学校教科書の中にすら、
「スペインではカスティーリャ語だけが話されていると言うことができる。」
と記述されていました。他方、国内のほかの言語、つまりカタルーニャ語やガリシア語は依然としてスペイン語 (=カスティーリャ語)の「方言 (dialecto)」であると規定され、非インド=ヨーロッパ語であるバスク語にいたっては「大変に貧弱な言語であり、バスク地方の家庭内で使われているに過ぎない」とおとしめられていました。
そういった状況で1975年にフランコが死亡し、民主化が進み現行憲法である「1978年憲法」の第3条において次のような条文が定められました。
Artículo 3
- El castellano es la lengua española oficial del Estado. Todos los españoles tienen el deber de conocerla y el derecho a usarla.
- Las demás lenguas españolas serán también oficiales en las respectivas Comunidades Autónomas de acuerdo con sus Estatutos.
- La riqueza de las distintas modalidades lingüísticas de España es un patrimonio cultural que será objeto de especial respeto y protección.
第3条
- カスティーリャ語は、国の公用スペイン語である。すべてスペイン人は、これを知る義務を負いかつこれを使用する権利を有する。
- スペインの他の言語もまた、自治州憲章にしたがい、各々の自治州における公用語とする。
- スペインの豊富な言語様式の多様性は、特別の尊重および保護の対象たる文化財である。
第3条第1項には、スペイン語の公用語はカスティーリャ語であることが定められています。そして、第3条第2項において自治州において自治州固有の公用語として別の言語を公用語とすることもできることが明記されました。換言すれば、実質的に自治州レベルでカタルーニャ語などの言語も公用語として認められるようになったことを意味します。
では現状としてどこの自治州でどういった言語がスペイン語(カスティーリャ語)以外の言語を公用語として認められているのかの具体例を見てみましょう。

各自治州におけるスペイン語以外の公用語
なお、スペイン憲法第3条について及びカタルーニャ語等の言語教育について言及した論文として、[川上茂信「スペインにおける言語状況と言語教育」『平成18-20年度科学研究費補助金「拡大EU諸国における外国語教育政策とその実効性に関する総合的研究」研究成果報告書』(2009)]を、また単行本で、[立石博高「スペイン歴史散歩―多文化多言語社会の明日に向けて」行路社 (2004)]をここで紹介しておきたいと思います。
おわりに
今日は初めての講義でした。いきなり憲法の条文が登場したりしましたが、通常の法律学の講義と同じように、条文を見ていきながら解説をするというスタイルをこれからの講義でも踏襲していきます。
初めてなので少し分かりにくい部分もあったかもしれませんが、とりあえずはダマされたと思って言葉を覚えてくださいと言ったところは覚えてください。後になってジワジワ分かるように講義の構成を整えていますし、一通り講座全体を消化した後にもう一度読み直すと、簡単なことだなと分かっていただけるはずです。
学習は順序が大切ですから、まずは言われたとおりにやってみてください。