ピカソの陶芸 -創造と伝統- (Picasso’s Ceramics and Tradition) @ 愛知県陶磁資料館

今日は、2005年3月21日から9月25日まで、愛知県陶磁資料館で行われている、愛知万博記念特別企画展「ピカソの陶芸 -創造と伝統- (Picasso’s Ceramics and Tradition)」を見に行って来ました。ピカソというと、国立ソフィア王妃芸術センター (Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofía)に展示されている「ゲルニカ」などが有名ですが、ピカソは陶器にも関心があり、晩年に多くの作品を残しているとのことです。

愛知県陶磁資料館とピカソ展看板

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愛知万博記念特別企画展「ピカソの陶芸 -創造と伝統- (Picasso’s Ceramics and Tradition)」は、約80点におよぶ彼のユニークなオリジナル陶芸作品を展示し、彼の絵画や彫刻、版画などに見られる独特な感性や技法がどのように粘土 – 陶芸 -に取り入れられているかを紹介しています。さらに、時代を問わず、フランスやイギリス、スペイン、ギリシア、アジアといった様々な国で制作された約60点の陶磁作品も彼の陶芸作品と比較展示し、それぞれの時代と国で制作された陶磁作品に見られる装飾や形状、デザインなどの類似点を考察する展覧会で、ピカソの陶芸作品と長年培われてきた陶磁制作の伝統との関連性を示す初めての試みなのだそうです。

ピカソと陶芸との出会いは、1946年にヴァロリスという小さな町を訪れて、ラミエ夫妻の工房で試しに陶器を作って以来、陶芸という表現方法に高い関心を持ち、1949年にはヴァロリスに家を購入し、4000点あまりの陶芸作品を残しているのだそうです。

この展覧会は、20世紀の天才芸術家であるピカソが、古代ローマ時代から脈々と受け継がれている陶芸という表現方法に、どのように魅了されていったのか?また、ピカソは、どのように自らの芸術を陶器に表現していったのか?が見られる興味深い展覧会であるといえます、

この展覧会は5つのパートに分かれています。

「変容・土と火」のコーナーでは、陶器制作の上でピカソが陶器を変化させてつくった作品が展示されていました。鳥の形をした水差しなど、陶器の色やつやなど、炎によって土(粘土)が変化していく様をピカソは上手に表現していました。

「水中と空中に棲む生き物たち」では、陶器の器や皿に施された装飾で海や空を無限にあらわされる様子を表現していました。「陶芸家は土と交わることで、自然を理解する特別な力を得てきた。魚・鳥・動物 -実在であれ神話であれ- は、いつの時代の陶芸家にとっても重要なテーマ」なのだそうです。このコーナーでは、始まりも終わりもない陶器の曲線に魚や鳥といった動物たちを描いた作品を見ることができました。

「古代、伝統」ではピカソが伝統的な形の陶器に新しい解釈を与えた作品があります。これは、イタリア半島のエトルリア文明の作品で見られる赤と黒で陶器を彩色するという技法をピカソがどのように取り入れていったかを示す作品が展示されていました。「音楽家と踊り手」(丸皿)というピカソの作品は、赤と黒の彩色法で作られた陶器で、それは古い時代の陶器を髣髴させるものでした。

「スペインの遺産」および「闘牛」ではピカソが自らをスペインの伝統に融合させた様子が展示されていました。周知の通り、ピカソは「スペイン内戦」後にスペインへ帰ってくることはありませんでした。しかしながら、ピカソは祖国のことを決して忘れてはいませんでした。ピカソは1956年にカンヌに陶芸活動の拠点を移した後、スペインの雰囲気を醸し出すような陶器を多く作ります。「スペイン皿 (plantsespagnoles)」と呼ばれるその陶器には、イスラム陶器の伝統的な色づかい(緑や紫色のもので、白い鉛の上薬の上から銅やマンガン酸化物の染料で絵を描く。スペイン南部に多く存在する。)も取り入れられていました。

ピカソというと、我々が持つイメージは、「ゲルニカ」に代表されるような、前衛的な絵を描く人であるといった感じかと思いますが、ここに展示されているものは、伝統の上に立脚したピカソの姿であり、古代ローマとイスラム的なスペインのイメージを巧みに融合させた敏腕オーガナイザーの姿だったのかなぁと思います。そして、ピカソの個性も死んでいない、絶妙なバランスの上に乗っかった作品群だったという印象でした。

パブロ・ルイス・ピカソ (Pablo Ruiz PICASSO) のプロフィール

1881年のスペイン・マラガにて出生 (マラガにはピカソ美術館がある)。1897年に首都マドリードのサン・フェルナルド王位アカデミーに入学したが間もなく 退学し、世紀末バルセロナの”モデルニスモ”の運動に身を投じる。1900年にパリに行き、トゥルーズ・ロートレックの影響を強く受ける。1901年には”青の時代”を開始し、パリとバルセロナを何度か往復する。この”青の時代”は一つの表現主義的象徴主義で、スペインのゴシック芸術およびエル・グレコからの直接的影響が顕著で、主題の表現は壮絶である。1905年には”バラの時代”に入り、”青の時代”の厳しさを和らげ、旅芸人やサーカスを主題に描く。その後、三次元的現実の概念を二次元的絵画に翻訳する「キュウビズム」を創始。また、「キュウビズム」と「新古典主義」の手法を取り入れた「シュルレアリズム」の手法を使って、スペインの都市である「ゲルニカ」での戦争の惨劇の様子を見事に描いた「ゲルニカ」を1937年に描く。その後スペインを脱出し、フランスで絵画だけでなく陶芸など様々な芸術作品を作る。祖国であるスペインに帰ることなく、1973年4月にその生涯を閉じた。

万博で人気を二分する企業パビリオンの2つ

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この後、万博(長久手会場)に入り、あまりに青空が素晴らしくて、トヨタグループ館と日立パビリオンをデジカメで撮影。スペイン・パビリオンにも立ち寄りました。久しぶりに自治州ウィークのやっていないスペイン・パビリオンを訪れましたが、やっぱり万博閉幕まで僅かということもあり、混雑していました。来週以降の「ガリシア自治州ウィーク」「カタルーニャ自治州ウィーク」の混雑具合が心配です。

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