近い国・遠い国
- 韓国・釜山を訪れて -


Produced & Written by Kashiroman


はじめに


お隣りの国、韓国。さらに日本との距離が最も近いと言われる韓国第2の都市・釜山。そこに、2008年9月26日から28日までの3日間の旅ができるチャンスに恵まれた。

今回の旅行は、私が事前準備を周到にして出かけた旅行ではなく、偶然行く機会に恵まれた旅行であるため、特に何かを準備する時間がなかった。そのため、NHKの語学講座などを使ってハングル語を学習したわけでも韓国の文化について勉強する時間もなかった。

そこで今回は、自分の趣味である「鉄道」に乗る旅にしようと急遽考え、日本でもニュースになった韓国高速鉄道に乗車することをメインに置くプランを立てた。

準備をきちんとするわけでもなく行く旅行に若干の戸惑いもあったが、2008年9月26日に旅立つことにした。


名古屋と釜山をつなぐ旅


2008年9月26日の早朝、私は岐阜にいた。午前6時3分発の中部国際空港駅行きの全車指定の快速特急に乗り込むために、午前5時50分頃には名鉄岐阜駅にいた。車種は2200系「ミュースカイ」である。

その前に午前5時59分発の知多半田駅行き普通列車が4番線に停車しているところを発見し、まずはそれをカメラに収めた。

名鉄岐阜駅に停車するパノラマカー
[2008年12月に通常運転から離脱したパノラマカー]

その後、1番線に止まっていたミュースカイに乗車。中部国際空港に遊びに行ったりミュースカイ2200系に乗るために乗車したことはあったが、実際に飛行機を利用するために2200系に乗るのは初めてのことであった。各車両の前後にある荷物置き場のありがたみがよく分かる。パノラマスーパーの1000系や1200系にはない個性である。

さて、私は「快速特急」(註: 2008年12月27日ダイヤ改正以前の呼称。現在は「ミュースカイ」という種別名になっている)の「中部国際空港駅」に乗って中部国際空港に向かった。

駅名 時刻
名鉄岐阜駅 6:03発
名鉄一宮駅 6:12着
6:13発
国府宮駅 6:17着・発
名鉄名古屋駅 6:28着
6:30発
金山駅 6:33着
6:34発
神宮前駅 6:36着
6:37発
中部国際空港駅 7:02着

荷物置き場にスーツケースを置き、シートに座った。2200系のシートはパノラマスーパーの1000系などと比較するとシートが固いが、お尻がめり込まないので、それはそれで楽である。各シートには、ミューチケット(座席指定券)を差し込むフォルダがある。車掌が検札に来ても、わざわざミューチケットを自分で見せなくてもこのフォルダに差し込んでおけば日付や座席を車掌が確かめることができるというカラクリである。乗客のニーズを考えた作りになっている。

さて、列車は定刻の午前6時3分に列車は名鉄岐阜駅を出発。岐阜からの電車旅を楽しんだ。プラットホームと出入り口には段差が少なく、スーツケースを押しながら乗車することの多い「ミュースカイ」は、なるほど旅行者にとっては使い勝手のよい機能的に素晴らしい車両であった。

終着駅の中部国際空港駅は中部国際空港とホームでつながっている。広めの自動改札口をくぐるともうすでにそこには空港が広がっている。中部国際空港は愛知万博のあった2005年に開港されたまだ新しい空港である。もちろん、関西国際空港や成田空港と同様、第一種空港である。中部国際空港は北ウイング(国内線)、南ウイング(国際線)が配置された折り鶴をイメージしたT字形の構成となっており、旅客の移動距離の短さが特長である。

また、中部国際空港は商業施設が充実している。普段名鉄を利用していると、駅の構内で見るイベント告知のチラシや電車内の中吊り広告をよく見る。飛行機を実際に利用するお客さんもさることながら、空港を一種のアミューズメントテーマパークのように見立てて、銭湯が利用できたりブランド店などの免税店はもちろんだが、「名古屋メシ」をはじめとした中部地方の玄関口のような位置づけで岐阜や三重のものを売っている。わざわざ、名古屋から特急に乗って片道850円(ミュースカイに乗るとこれにプラス350円)もかけて空港で買い物をするかといえばそれには疑問符をつけざるを得ないが、子供に人気の「ポケモン」の映画と名鉄がタイアップして鉄道スタンプラリーをやって中部国際空港に来てもらえるような仕掛けを作るなど、いろいろな営業努力を行っているようである。

お菓子で作ったエッフェル塔お菓子で作った金閣寺
[中部国際空港3周年イベントで展示されたお菓子の世界遺産]

一方で、中部国際空港の便の数は、原油の高騰や旅客数の減少などが理由で減少傾向にあるのだという。「中部国際空港-釜山」間も2008年10月25日を以って廃止された。2008年7月11日付の「中日新聞」の記事を読んでこのニュースを知った。「中部空港発着の国際便をめぐっては、米ユナイテッド航空がサンフランシスコ便 (週7便)を10月25日に廃止すると公表。豪カンタス航空傘下のジェットスター航空もケアンズ便(週5便)を12月で廃止する」そうで、利用者が減っているという切実な問題があるようだ。地元の人間として、中部国際空港を心配する気持ちはやはり大きい。

さて、私は空港内にある喫茶店で「名古屋式モーニング」を食した。小倉トーストにサラダにゆでたまごにコーヒーというスタンダードなものである。釜山に向かう飛行機は午前9時30分中部国際空港発のJAL987便。午前7時30分頃には空港に到着していたので、出国手続き・搭乗手続きまでにはかなりの時間があった。私は旅行には必ず本を数冊携行するようにしている。旅行は日常生活を離れられる絶好のチャンスだし、ましてや海外ということで移動時間も長い。本を読むにはもってこいの環境である。携行したのは全部で3冊。

  1. 副島 隆彦・山口 宏「新版 法律学の正体」 (単行本)
  2. 山本 浩司「なるほど会社法」 (単行本)
  3. 「トラベルストーリー7 釜山・慶州・済州島」

今回は長時間の移動時間を味わうことも楽しみにしているので、携行すると決めた本は比較的軽い本でまだ読んだことのないものを選択した。副島 隆彦・山口 宏「新版 法律学の正体」という本は、ブックオフで本を物色していたときに偶然であった本で、何となく面白そうだったので購入したもの。2番目の「なるほど会社法」は、薄い上に分かりやすく「会社法」が分かる本で、勉強しなおそうと考えて携行した本である。3冊目の「トラベルストーリー7 釜山・慶州・済州島」は、旅行を楽しむために購入した旅行ガイドブックである。釜山の細かいところを解説してくれているのはもちろんだが、地図が充実していたので購入した本である。私が乗るJAL987便は中部国際空港を午前9時30分に出発するので、出国手続きまでの1時間ほどを本を読んで過ごした。

中部国際空港の出国手続きから搭乗手続きまでの順路は分かりやすいものになっている。迷うことなく手続きを済ませることができた。

そして午前9時30分過ぎ...。飛行機は何事もなく離陸。日本を離れ、韓国に向かった。

韓国・釜山の金海国際空港 (Gimhae International Airport)に到着したのは午前11時5分頃。つまり、所要時間は1時間30分ほどである。国際線としては非常に短時間である。それだけ名古屋と釜山は近いということを意味している。

この間は、釜山市内での予定を立てるために、「トラベルストーリー7 釜山・慶州・済州島」を読んだ。旅行プランを作る際、通常私は歴史が学べるプランを立てる。釜山の歴史を感じるにはどうしたらよいのかを考えながら予定を作った。

そうこうしているうちに、JAL987便は予定時刻通り、金海国際空港 (Gimhae International Airport)に到着した。この空港は1976年に開港した官民共用の国際空港で、2007年11月に新しいターミナルがオープンしたのだという。Wikipediaによれば、「国際線と国内線が同じターミナルで乗り換えできる韓国最大の空港」として売り込んでいるのだと言う。韓国の首都・ソウルでは仁川国際空港が開港した関係で、国際線と国内線が同一ターミナルでなくなったことがそのきっかけなのだそうだ。しかし、空港に接続する軌道公共交通機関はまだなく、2011年に開通する予定なのだという。まだこれから発展する空港のようだ。

金海国際空港から釜山市内へとバスで移動した。ついに旅の始まりである。


釜山で感じた日本の歴史


釜山市内に着く頃には、ちょうどお昼ご飯を食べるのにはちょうどよい時間になった。早速韓国料理屋さんに入って韓国料理を食した。

[韓国料理の代表格の一つ、ビビンバを食す]
[韓国料理の代表格の一つ、ビビンバを食す]

食べたのはビビンバ。焼肉屋さんのご飯ものメニューから日本ではブレイクしたそうである。「ビビンバ」とは、「ピビ」が「混ぜる」で「パ」が「飯」ということのようで、日本語で言えば「混ぜご飯」ということのようだ。やはりニンニクやキムチの唐辛子の香りが店内に漂っていた。

ところで、「キムチ」といえばあの唐辛子の辛いあの味を思い浮かべる人が多いが、実はその唐辛子は日本から伝わってきたものだということを知っている人は少ないように思う。恥ずかしい話ではあるが、この韓国・釜山旅行でその話をはじめて知った。朝鮮半島へ伝来したのは、豊臣秀吉による「朝鮮出兵」の時だという説や江戸時代の幕府の朝鮮通信使が日本から持ち帰ったという説などさまざまあるのだが、いずれにせよ、「キムチ」という韓国を象徴する料理に欠くことのできないものが実は日本から伝来したものだということを知って、私は驚いた。

韓国料理を食した後は、釜山市内を観光。

釜山港から釜山市内の風景を撮った写真が下のものである。

[釜山港から撮影した釜山市内の様子]
[釜山港から撮影した釜山市内の様子]

釜山港は、韓国で日本に最も近い都市であるとも言われている。実際に帰国後にgoogle mapで調べてみると一目瞭然である。逆に韓国に最も近い場所といわれている対馬列島との距離は100kmもないそうで、日本から見ると釜山は韓国の玄関口であるとも言える。


大きな地図で見る

朝鮮戦争後の「のみの市」から始まったという「国際市場」という市場に行くと、ベビースターラーメンやキャベツ太郎やうまい棒といった日本の駄菓子もたくさん並んでいたぐらいである。

交通の便のよい場所というのは様々な交易が行われるので都市が発展する傾向がある一方で、その土地の様々な利権を狙うべく時の権力者が争いを起こし、戦乱の場所になる傾向が強いという別の一面を持つのが交易都市の宿命であるともいえよう。日本によって釜山が被害を受けた例として、「文禄・慶長の役」がある。周知の通り、豊臣秀吉が明や天竺(インド)を自分のものにするために、その通り道となった朝鮮半島へ出兵した事件で、日本では「朝鮮出兵」という呼称で歴史の教科書にも登場する事件である。韓国では、この侵略戦争のことを、「文禄の役」のことを「壬辰倭乱」と呼び、「慶長の役」のことを「丁酉倭乱」と呼ぶそうである。日本軍が朝鮮半島に最初に上陸した場所こそが釜山であり、朝鮮侵略の足がかりとなった場所なのだそうだ。しかし、その日本からの侵略を救ったのが、李舜臣(い・すんしん)である。日本の水軍を打ち破り、日本軍の弱体化を図った功績で、韓国では「侵略から守ったスーパーヒーロー」として非常に人気の高い人物なのだそうだ。

その李舜臣(い・すんしん)は、釜山市内の高台にある「竜頭山公園」という公園に、東シナ海を向いた李舜臣の銅像が立っている。

李舜臣と釜山タワー
[韓国の英雄、李舜臣と釜山タワー]

上の写真が実際に「竜頭山公園」に行って携帯電話で撮影した銅像である。銅像の後ろにそびえ立つ大きなタワーが釜山タワーで、ここからは釜山市内が眺望できる。晴れた日には、対岸の対馬列島もこのタワーから見えるそうである。

ところで、「竜頭山公園」が高台にあることは前述したとおりだが、標高180mある山の形がまるで海から陸地に上がって来る竜の頭のように見えるところから「竜頭山」という名前が付いたそうである。

釜山は日本の交易に今もなお大きな影響を及ぼしている。距離も非常に近い。しかしそれについてここを訪れるまでは考えたことがなかった。1つ1つの知識は高校の歴史の時間に勉強することがほとんどであるが、その知識を身体で感じられたのは自分にとって意義深いことであった。

その後、南浦洞(ナンポドン)という地区にある「釜山国際映画祭」が開催される「PIFF (Pusan International Film Festival)広場」に立ち寄った。ここには著名な映画監督や俳優などの手形が道路にはめこまれていた。日本を代表する映画監督の一人といえば、北野武監督。北野監督の手形もあったので写真を撮った。

代表的な釜山の観光地を回った後にたどり着いたのが、釜山市内でも高級ホテルだと言われているらしい「ロッテホテル」である。摩天楼のような超高層ホテルらしく、屋内外プールやサウナ・エステは当たり前で、南国情緒を味わえるレストラン、スカッシュ、カジノなど、ホテルにいるだけでも楽しめるようなところのようだ。ホテルの隣にはロッテグループの百貨店や免税店もあり、買い物なども楽しめるところのようである。

なかなかのロケーションで近くでは「ロッテ百貨店」にある免税店で買い物も楽しめるようであった。夜はホテルのテレビでサッカーのイングランド・プレミアリーグや韓国野球を見て楽しんで、翌日に備えて眠りについた。


KTXの旅


2日目は、趣味である鉄道旅を楽しもうと思い、「韓国高速鉄道 (Korea Train eXpress)」、通称「KTX」に乗ることにした。

この高速鉄道網は409.8km程度離れたソウルと釜山を結ぶ高速鉄道で、従来のセマウル号が約4時間30分、ムグンファ号が5時間45分かかっていたのに対し、KTXは3時間弱で結ぶ高速鉄道である。2004年に開業したばかりのまだ新しい路線である。

KTXの動力は、フランスの高速鉄道TGV (Train à Grande Vitesse)の方式である「動力集中方式」を採用している。「動力集中方式」とは、1両または2両程度の動力車が客車を牽引(または推進)する方式で、日本でも貨物列車やブルートレインなどに見られる方式である。これに対し、日本の新幹線は動力車が複数の車両に取付けられている方式である「動力分散方式」を採用している。つまり、KTXは日本の新幹線とは異なる動力方式で動いているわけである。

ここで、「高速鉄道(時速200km/h以上のスピードが出せる鉄道システム)」における2つの動力方式について、Wikipediaを参考にまとめてみたので参照されたい。

- 動力集中方式 動力分散方式
特徴 1両または2両程度の動力車が客車を牽引する方式 動力車が複数の車両に取付けられている方式
高速鉄道における導入実績 TGV (フランス)
KTX (韓国)
AVE (スペイン)
新幹線 (日本・台湾)
長所と短所 製造費 廉価 高い
重量の特徴とその影響 動力車の軸重が重いため、地盤の軟弱な地域での高速走行では震動の問題が出てくる。 車両を軽くすることができるため、軌道に与える負荷を減少することができる。
メンテナンス 労力を要しない 時間がかかる
騒音や振動 客室での騒音や振動が少ない 特に動力車は騒音や振動が激しいため、乗り心地を損いやすい。
加減速性 加減速性能やブレーキ性能が動力分散方式より悪いため、上り勾配で速度が出しにくいほか、ブレーキ操作に高度な技術が要求される。 加減速性能に優れているため、上り勾配の高速運転に向いている曲線区間が多く、頻繁に加減速が要求される場面で活躍できる。
異なる電化方式区間への対応 異なる電化方式の区間や非電化区間への乗り入れが容易なため、国際運転に適する。 異なる電化方式の区間や非電化区間への乗り入れが限定される。

私は、「動力集中方式」の高速鉄道には乗ったことがないので、ぜひこれに乗ってみたいと以前から思っていたのだが、韓国を訪れる機会に恵まれたおかげで、この「動力集中方式」の鉄道に乗れるチャンスに恵まれたわけである。

乗車の前には当然チケットを購入しなければならない。もちろん駅の構内でも購入することはできるが、行程がややタイトであったため、駅の構内でぐずぐずしていると電車に間に合わなくなる可能性もあるので事前購入をしたいと考え、前日のうちに購入できる場所を探そうと思っていた。そこで、宿泊している「ロッテホテル」のフロントで購入場所をヒアリング。「ロッテホテル」のフロントは日本語も通じるが、せっかく海外に来ているのでやっぱり外国語を使いたいところ。韓国語は勉強していかなかったので、英語を使ってのコミュニケーション。まずはKTXの時刻表をフロントで手に入れた。しかしフロントでもらった時刻表はハングルで書かれていたので何が書いてあるのかが分からない。そこで、英語を使ってハングルで何が書かれているかをその場でレクチャーしてもらった。その後で実際にチケットを購入できるところを地図に書いてもらい、その場所へ向かった。案内されたのは、「ロッテ百貨店」の地下にある窓口であった。そこでも英語でコミュニケーションをして難なくチケットが購入できた。やはり外国へ行くときは語学をやっておきたいものだ。それだけ行動の自由度が広がるからである。

当日はそれを握りしめてKTXの始発駅である「釜山駅」に向かった。

釜山駅は1905年に設置された歴史ある駅である。釜山駅は韓国鉄道公社と釜山交通公社の駅。2004年のKTX開業に合わせガラス張りの駅舎に改築されて、現在に至っている。

私はKTX122号ソウル行きに乗ることにしていたので、改札が開く10分前まで約20分間を駅の構内を散歩した。周囲はとにかくハングルばかり。ここは韓国なので当然のことではあるが、全く言葉が理解できない世界に日本人がただ一人立っているわけである。しかし、孤独感よりも旅を楽しむ期待感の方がどちらかといえば大きかった。

KTXは飛行機の搭乗時と同じように特定の時間にならないと乗車手続きをしない。KTXの場合は発車時刻15分前にならないと改札がオープンしない。改札開始時刻になるまで、私は釜山駅構内を散歩することにした。KTXのターミナル駅ということもあってか、ファーストフード店から本屋、お土産屋さんまでいろいろなお店があった。私はKTXの鉄道グッズがないか調べていたが、時間がなく途中で諦めた。

午前8時50分頃に改札口が開いた。すでにそこには長蛇の列ができていたが、列はゆっくりと進んだ。私はKTXの車両を見たいという逸る気持ちを抑えることに必死だった。

改札を通り、やがてホームに降りると、そこには大きなKTXの車両が停まっていた。KTXは、前述したとおり、「動力集中方式」の列車なので、列車の最前列と最後列には動力車がある。これには同じ高速鉄道であっても、「動力分散方式」を採る新幹線では見られないのでそれだけでも感動である。

ホームでもう少し概観を楽しみたかったが座席を探さなければならなかったので、渋々客車の中へ...。私は記念で乗車したので一等席に乗車。一等席は1列3両であった。私は指定されたシートに座り、列車が出発するのを待った。そして、午前9時00分に私の乗ったKTXは出発した。

停車駅は、東大邱駅・大田駅の2駅でソウル駅に到着する。後で調べると、私が乗車した列車は最低限の駅しか止まらないらしい。

「釜山-ソウル」間の往路は、動画を携帯電話で撮ってみた。

KTX in Korea

KTX in Seoul (1)

KTX in Seoul (2)

KTXは時速300km出る。動画を撮影しているうちに、時速300km同士のすれ違いのシーンを撮ることができた。車内は動力が客車にないせいか、大変静かで快適な旅を楽しむことができた。

定時の午前11時50分頃に、韓国の首都にあるソウル駅に到着。まず駅構内を楽しもうと思い、散策することに...。KTXの駅は途中に停車した東大邱駅・大田駅もその他の通過駅でもそうであったが、何やらヨーロッパのターミナル駅を思わせるような近代的な駅であった。プラットホームと線路を覆うように太陽光を取り入れるように透明なドーム型の屋根がある。ソウル駅も例外ではなかった。


[KTXソウル駅の風景]

駅にはフードコートや観光案内所があり、他にも服などのショッピングが楽しめるようなスペースもあった。この日は駅でピアノや声楽などのロビーコンサートが行われていて、私も少し耳を傾けた。こうした音楽は日本で聞いても韓国で聞いても大して変わるものではなかった。

次に駅の外に出た。概観は新しい。後で調べてみると、2000年に着工し、KTX開通に合わせるように2004年1月1日に新駅舎のソウル駅がオープンしたそうである。


[新駅舎ソウル駅]

一方、2003年まで活躍していた旧駅舎も実は隣接する位置に存在している。「ソウル駅」は1900年に「京城(キョンソン)駅」としてオープンしているが、旧駅舎は1925年に建設されたもので、wikipediaの情報によると、「東京帝国大学教授・塚本靖と建築家ゲオルグ・デ・ラランデ(朝鮮総督府庁舎の設計でも知られる)の設計によるもの」であるのだという。駅はアムステルダム中央駅やヘルシンキ中央駅に倣って作られたのだそうだ。


[旧駅舎ソウル駅]

何となくではあるが、日本の東京駅にも似ているような気がするが...。駅としての役割を終えたこの駅舎は、ソウル駅の歴史をはじめとした資料を展示する資料館としてリニューアルを図り、2010年にオープンするとのことである。また来てみたい場所である。

夜に釜山で予定があるため、午後1時00分の釜山駅行きのKTXに乗らなければならなかった。ソウルにいられたのは約1時間であったが、今度はソウルをゆっくり回れる旅行をしたいなぁと思った。

帰りのKTX139号は、光明駅・大田駅・東大邱駅・密陽駅・亀浦駅の順に停車する。往路と比較すると随分停車駅が多い。

光明駅はKTXの開業と同じ2004年にできた駅のようである。ここもソウル駅と同じく、ヨーロッパの駅のようなドームがあった。大田駅・東大邱駅は往路でも停車した駅である。大田駅はソウルと釜山を結ぶ京釜線が開業した1905年にできた駅。歴史ある駅といえよう。ここもソウル駅と同じく、KTXが開業した2004年に駅の改装を行ったそうである。大田駅の駅舎は実際に下車して自分の目で見ていないので分からないのだが、古いものから新しいものに切り替えることについて、市民レベルで何か抗議なり不満なりというものがなかったのだろうかとは感じた。日本でも高架駅にするにあたって駅舎を取り壊したりすることが多いが、駅舎といえども街の景観になっているわけだから、古きよき駅舎であれば残してほしいなぁと思うのは私だけではないだろう。

午後4時00分頃、釜山駅に到着。ソウルと釜山を結ぶ韓国の大動脈ともいえる鉄道に乗れたのは実にいい経験をしたと思う。

しかし、韓国の鉄道の歴史については不勉強で、韓国の大動脈ともいえる京釜線はその建設にあたっては日本と大きく関係しているようである(朝鮮半島の利権獲得のためだと思われる)し、隣国であるにも関わらず、韓国の歴史をいかに自分が知らないのかということを痛切に感じさせられた鉄道旅であった。


帰国の途に....


3日目最終日は、釜山市内を釜山交通公社が運営する地下鉄を利用して、ぶらりと散歩に出かけることにした。

宿泊していた「ロッテホテル」の最寄り駅である「西面駅」から地下鉄2号線に乗って「大淵駅」で下車。向かったのは、朝鮮戦争で亡くなられた国連軍の英霊を祀っているUN記念公園である。

ここについては、拙著「Kashiroman's BLOG "ブログの王子様"」に「釜山に存在する戦火の爪あと」というタイトルで詳しくエッセイを書いたので、それを引用することにしたい。


日本で購入した釜山のガイドブックを見て「行ってみよう」と思ったのは、UN記念公園(UN Memorial Cementry of Korea)というところです。


ここは、朝鮮戦争で国連軍として参加した韓国の兵士を含めて世界21カ国の戦士が祭られている場所でした。


釜山地下鉄2号線の「テヨン(大淵・daeyon)駅」で下車して15分ぐらい歩いた場所にあります。近くには釜山市の文化会館もあり、文化会館周辺は芝生で整備されています。

また、周辺の道路はUNストリートなる道もあり、そこは緑に囲まれた散歩道でした。昨日は韓国高速鉄道KTXに乗ったりしてあまり歩いていないので、いい運動にもなりました。


UN記念公園にたどり着きました。正門には物々しい警備兵のような人が2人立っていました。入園する時には敬礼していただいたので、我輩も会釈で返礼させていただきました。

正門をくぐって少し歩いたところに、大理石で作られた重厚な門があります。そこをくぐると、朝鮮戦争で命を落とした世界22カ国約2300名の兵士たちが眠る、緑で溢れた広々した公園にも見える墓地が現れてきました。


この施設の中の紹介で、インターネットガイドなどには気安く入れる...とは書いてありましたが、実際には、


「静かに...」という英語韓国語で書かれた看板...。
静かに流れるクラシック音楽...(バッハの「G線上のアリア」もかかっていた。)。


といった雰囲気で、実際には激しかったであろう「戦争」の雰囲気とは程遠い安らかな雰囲気に俺は絶句してしまいました。当時の「国連軍」22カ国の兵士を弔う施設ということなので、ここは北朝鮮やソ連といった韓国軍と戦った相手側の兵士を弔う施設ではありませんが、やはり「殺し合い」という人類にとって一番悲しい行為によって失った命は、敵味方関係なくとっても悲しいことです。


「人は憎しみあってはいけません」とは言うものの、実際に「憎しみ」を持たない人間はいないと思います。我輩にだって「憎しみ」の気持ちを抱くことはあります。自分の生活を守るために人を殺さなければならないことだってあるかもしれませんが、そんな世の中であってほしいと思う人はいないと思います。悲しいかな、人間とは同じ過ちを何度も犯してしまうものです。すごく悔しい気持ちになりました。人の弱さを直視した上で、自分はそれではどのように生きてどのように振る舞えばよいのか?ということを考えざるを得ません、ここで結論が出ているわけではありませんが...。

(一部省略)


過去にあった「戦争」に対して我輩たちが簡単にできることは、「戦争」の意味を考え、兵士だけでなく彼らを支えた家族、犠牲になった一般人、敵味方関係なくとにかく哀悼を捧げて自分がその犠牲の上に成り立って生きていることに対して感謝することだと思います。


昨日訪れたUN記念公園は、かなり政治的な匂いのする施設ではありましたが、それでも「「戦争」の犠牲」を考えるには十分な施設だったと思います。


(「釜山に存在する戦火の爪あと」より一部抜粋)

最終日の午前中にUN記念公園に行った後、ホテルに戻りチェックアウトをし、帰国のため、金海国際空港 (Gimhae International Airport)へ向かった。近くのお土産屋さんで韓国のりや漬け物などを購入した。

韓国の出国手続きを終えた後は、搭乗ターミナルにあった端末機でmixiやメールのチェックを行っていた。無料で使えたので、ネットユーザーにはありがたいサービスであった。

そして、JAL988便に乗って、18:10に韓国・釜山を出発し、19:40に中部国際空港に戻ってきた。


大きな地図で見る

日本と韓国はすごく近い国だとは分かったが、自分の「知識」はその距離感とは異なり、ずっとずっと遠いもののようであった。ハングル文字という自分には分からない言語を使ってコミュニケーションをしていたり、未だに戦争が続いていたりする環境がすぐそこにあるということは、事実としては知っていたけれども、近い国である割には、あまりにも隣国の歴史や文化を知らないなぁということを実感した。この旅行は、自分の人生の中で実りあることだったのではないかと思う。今度はもっとハングルを勉強した後でソウルを訪れて、もっとじっくり韓国の歴史や香りを満喫したいと思う。



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