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ぼくと友達の清麿で8泊10日でスペイン旅行に行くことになった。ぼくはスペインには2回目。1回目は、「エル・ソル・イ・ラ・ルナ」のようなちょっと固めの旅行だったが今回は如何に!?

ところで、行った先は、マドリーに始まり、コンスエグラ、コルドバ、セビーリャ、ロンダ、マラガ、グラナダ、バレンシア、バルセローナを回った旅行。左の順番通りに回った。前作の「エル・ソル・イ・ラ・ルナ」とは違い、ぼくのハプニング集と言ってもいいような内容だ。ぜひこれを参考にして、スペイン旅行に行ってみてください。

なお、一部フィクションの部分もあります。それではどうぞ!!


目次

  • 2002.02.04 出国前日の大事件!!
  • 2002.02.05 Viva BA!!
  • 2002.02.06 ロンリー・マドリー
  • 2002.02.07 サムライさん、イラッシャ〜イ!!
  • 2002.02.08 もう1つの国
  • 2002.02.09 愛と財と権力と...
  • 2002.02.10 第3の入国
  • 2002.02.11 バルセローナに響くメロディ
  • 2002.02.12 バルセローナの香り
  • 2002.02.13 君を愛している...
  • 2002.02.14 For 550
 

 2002.2.4  出国前日の大事件!!

ぼくは2月4日の午前9時00分頃に名古屋のMK Cubicle Studioを出発して、名古屋駅に向かった。午前9時30分に清麿と合流した。午前10時00分の高速長距離バスで東京駅に向かった。東京駅に到着後、成田エクスプレスで成田空港第2ターミナル駅に向かった。

成田空港第2ターミナル駅で降りて、ぼくたちは成田東急ホテルの送迎バスに乗り込むために歩いて移動を開始した。改札を出て歩いていると、何か物々しい雰囲気を感じた。向こうの方で何か言っているらしい...。

空港内の警備強化のため、パスポートを拝見させていただきます。」
空港内の警備強化をしているのは、おそらくあの2001年の9月11日の衝撃的なワールド・トレード・センターなどへの「同時多発テロ事件」の影響を受けているからなのだろうか。ぼくも清麿もパスポートを見せなければならないとは知らなかったので驚いた。いやいやではあったが、パスポートを警備員に見せて、ホテルの送迎バスの停留所に向かった。

ぼくたちはバスに乗りホテルに向かった。成田の街が車窓に映っていたが、少なくとも空港の周りには何もなかった。ゲームセンターもなければファーストフード店もコンビニもない...。暇つぶしに雑誌を見ることすらできない。もちろんレストランも少ない。変なところに来てしまったなぁと思った。実は、ぼくも清麿も成田の街は初めてだ。だから成田の街についてはほとんど知らなかったのだ。

成田東急ホテルに着いて、まずチェックインを済ませた。そしてボーイさんがぼくたちを部屋に案内してくださった。そして自分たちの部屋に到着...と思ったらビックリ!!何と「ダブルベッド」が置いてあったのだ。ぼくは「ツイン」の部屋を予約していたはずなのだが、なぜか分からないが「ダブル」の部屋を案内されてしまった。ぼくは何かの間違いだろうと思って、まず部屋にあったソファを見てみた。ここに「エキストラベッド」があるに違いないと考えたからだ。しかしところがでもバット、どうひっくり返っても「ソファ」は「ソファ」だった。ということは......目の前にあるベッドは、正真正銘の「ダブルベッド」だった。

それにしても清麿と2人で寝ているところを想像すればするほどおかしくなってくる。

「案内してきたボーイさんって、そういえば怪訝そうな顔してたよね。」
「これって誰が見たってダブルだよ(笑)。部屋の説明聞いてたとき、もう笑いをこらえるのが必死だったよ。」
「ひょっとして、おれたちってホモなの!?今日の客にホモがいる〜!!なんて思ってるんじゃないの?」
「どっちが女役なんだろうね。」
「お前だよ。(笑)」
「お前だよ。(笑)」
ぼくたちはこういうハプニングを笑える2人だ。とはいっても、男2人でダブルベッドに寝るわけにはいかない、かといって一方がダブルベッドに1人で寝てもう1人がソファに寝るなんていうことは寒いからできない。仕方なくフロントに電話をかけ、ベッドが「2つ」あるツインルームに変えてもらうことに。「初日の前」からこんな騒ぎに...。これからの旅行の行方は如何に?
 

 2002.2.5  Viva BA!!

ぼくたちは「シングルベッド」で眠り、そして目が覚めた。午前7時00分ぐらいには起きていただろう。急いで身支度を済ませ、成田空港の第1ターミナルに向かった。着いたのは午前8時45分だった。集合時間は午前9時00分だったので暇つぶしに空港内の本屋で週刊誌の立ち読みをしていた。田中真紀子外務大臣の更迭、大橋巨泉議員の議員辞職を特集していた雑誌を何冊か読んだ。

今回の旅は旅行代理店のツアに参加するという形にした。集合時間の午前9時00分になったので集合場所に。どうやらぼくら2人は遅い方だった。この後、出国手続を済ませた。その後は暇だったので、お土産売り場でお土産を見ながら時間を潰した。

午前11時05分に出発するBritish Airways006便に乗って、一路イギリスのヒースロー国際空港に。British Airwaysはぼくの友達のMisterからも「イイよ」と言われていたのだが、サーヴィスもよかったし、フライト・アテンダントもよかった。拙いぼくたちの英語も何とか通じていたようだ。

実は、またここでも「事件」を起こしてしまった(笑)。清麿は機内食に出てくるパンを余分にもらいたいと大胆なことを...。さすがは客サーヴィスなのか、余ったパンを持ってきてくださった。これを言ったのが2回ある機内食の時間のうちの1回目の時に言ったものだから、2回目の時はどっさり菓子パンを持ってきて下さった。ぼくはもらわなかったが、食べる奴だなぁと思ったのと同時に、パンを余分にもらおうとする「根性」には本当にビックリさせられた。

機内では、スペインでの旅行を中身の濃いものにしようと思って、旅行ガイドブックはもちろん、スペイン法関係の論文やスペイン史の概説書を何冊か読み、時間を潰した。ちなみに時差調整は必要なし!!もともと生活のリズムがヨーロッパだから、そんなことする必要はぼくにはないのだ。

13時間かけてヒースロー国際空港に到着。滑走路の周りには芝生が...。きれいな雰囲気。ヒースローに到着後、ガトイック空港までバスで移動。なぜ「ガトイック!?」と思ったが、仕方がない。これはツアで来ているんだから...。しかしロンドンの街並みがバスの車窓から見えたからこれもアリだろう!!

個人的に驚いたのは空港でのIRAの対策。IRAというのは説明するまでもないと思われるが、北アイルランドにあるテロ組織で、イギリス政府の転覆を狙っているやつらだ。IRAのテロを防止するために、何と飛行機の搭乗ゲートの発表が搭乗手続きの始まる45分ぐらい前にしか発表がなされない。つまり、早く搭乗ゲートを教えてしまうと、ある飛行機を狙ってテロが行なわれてしまうので、それを防ぐためなんだということらしいが、ロンドンに降り立ってからそういう事実が分かったので、驚きだ。

ガトイック空港で出会いがあった。旅のパーティーが1人増えた。慶應大学大学院の友蔵だ。彼は1人でツアに参加したらしく、建物と絵画を見にスペインに来たという男で、スペインのあとにはイタリア・パリ・ロンドンとだいたい25日間ヨーロッパに滞在するのだという。

さて、ぼくはロンドンからマドリーに向かう飛行機 (BA2470便)からもうスペイン語を使うことを心の中で決めていた。できるだけ英語に逃げずに(英語「も」できないだろうお前は!!という話もあるが)スペイン語で行こうと思っていた。そこで、機内で配っている新聞でスペインの有力新聞である"EL PAIS"紙はないかということを、もちろんスペイン語で訊ねてみたが通じない。ぼくの発音が悪いのかと思って、ゆっくり言ってもスペイン語風のリズムを付けても通じなかった。そのおかげでフライト・アテンダントがぼくの周りに5,6人も押しかけてきて、いきなり大変な目に合ってしまった。仕方なく英語で聞いたら「ない」とのこと。始めから英語で話をしておけばよかったと思ったと思っても後の祭だった。

スペインのマドリー (Madrid)に着いたのは日が回ってから。ぼくたちが着く前は雨が降っていたんだとか...。でも着いた時には雨があがっていた。さて、明日から旅行の始まりだ!!よく寝るぞ!!
 


 2002.2.6  ロンリー・マドリー

明けて旅行2日目。いよいよスペイン旅行が始まる!!

午前中はマドリー市内の観光!!泊まっているHOTEL PRAGAから最初に向かったのはスペイン広場。

スペイン広場は1930年にあの有名な「ドン・キーホーテ」の作者のセルバンテスを記念して作られた広場で、公園の中央にはセルバンテスがドン・キーホーテとサンチョ・パンサを見下ろすように石像が3体ある。それらを北東方向に見ると、大きなビルが見える。それがEdificio España (スペイン・ビル)である。そして向かって左側に見えるのがTorre de Madrid (マドリー・タワー)だ。できた1948年当時には、ヨーロッパ最長のビルだったそうだ。そして、Edificio Españaの方向に歩いていくと、オリーブの木がいくつかある。他のツア客の多くは知らなかったようだが、清麿を連れてオリーブの木の存在を紹介してやった。

ぼくは元の場所に戻り、次にスペイン人の現地ガイドとスペイン語で会話。スペインでは、観光には必ず現地ガイドを付けなければならないそうだ(イタリアもそうらしい)。その現地ガイドは女性で、日本語もかなりお上手だ。だからどうしても話せなくなったら「日本語」に切り替えればよい。スペイン語会話の練習相手としてはモッテコイだ!!昨日の飛行機の中では大失態を演じてしまっただけに、いいリベンジの相手だ。まずは自己紹介。「ぼくはスペイン法の勉強をしています。」から始めた。通じたようだ。次にぼくは「この近くに参議院議事堂 (Palacio del Senado)はありますよね?」と聞いた。これが出てくればこっちのもの!!ぼくはスペイン法勉強中の身。現地スペイン人ガイドに日本の国会とスペインの国会の制度を比較して現地ガイドに解説。「Senadoを日本語でどのように説明したらいいのか?」と尋ねてきたので、その場で答えることに。さすがにここまで来るとスペイン語で説明するのが難しくなってきて、日本語とスペイン語を混ぜて説明してやった。話はやや飛ぶが、この日の夜に、そのガイドに手紙をしたため、そこで参議院の説明をバッチリ説明した。

その後、バスに乗り込み、グラン・ヴィア通りやアルカラ通りなどを経由してプラド美術館 (Museo del Prado)に到着。プラド美術館は、世界の3大美術館のうちの1つとも呼ばれていて、スペインの3大画家であるエル・グレコ (El Greco)とディエゴ・ヴェラスケス (Diego Velazquez)とフランススコ・デ・コヤ (Francisco de Goya)の作品やムリーリャなどの作品が多く展示されている。ここは1度行ったことがあり、説明もある程度憶えていたので、ガイドの説明不足の部分をぼくが清麿に補足説明をする立場に...。ちなみに、「プラド美術館」の「プラド」とは「牧場」という意味である。

プラド美術館の見学が終わり、グラン・ヴィア通りにある日本の百貨店の「三越」に。はっきりいって、ここはブランド品がそろえてある(!?)店らしいが、ぼくはここは興味がなかったので、三越の入口付近にいたスペイン人ガイドに、次に向かうぼくの知り合いのいる弁護士事務所の最寄の地下鉄の駅の行き方を教わっていた。このスペイン人ガイドさんはぼくの知り合いの弁護士のサルバドールさんの名前を知っているらしい。日本語スピーチコンテストで審査員をやったことがあったらしい...。ここでこの現地女性ガイドとはお別れすることに...。

昼からは清麿と別れることに...。清麿はオプショナル・ツアで組まれていたトレド (Toledo)に行くことに。トレドは、プラド美術館にも飾ってあったエル・グレコ (El Greco)の街と言われるぐらい、グレコとは縁が深い街である。カテドラールにはエル・グレコの宗教画が見られるほか、エル・グレコの家と美術館 (Casa-Museo del Greco)には傑作「トレドの景観と地図 (Visita y Mapa de Toledo)」もある。

一方、ぼくは知り合いのサルバドールさんがいらっしゃるCuatrecasas (クアトレカサース)という弁護士事務所に行くことになっていた。現地ガイドさんに交通手段とか場所を聞いていたせいか、あまり迷うことなく駅まで行けた。しかし、駅からどちらに行っていいのか分からなかったので、駅にいたオバチャンに道を聞いた。場所はすぐに分かった。昼休みの午後2時00分まで少し時間があったので駅の近くにあった本屋に...。スペインでも「ハリーポッター」が流行っていた。本は買わなかったが...。

よくよく考えてみると、マドリーの街をこうして一人で歩いているのだから、2年前の時とはとんでもなく違う!!あの時はスペイン語もままならなかった (拙稿「エル・ソル・イ・ラ・ルナ」)。しかし言葉を少し勉強しただけで、ここまで胸を張って歩けるのだ海外旅行をする時は言葉を勉強すると100倍は楽しめると思う。まだ着いて2日しか経っていないが、今回の旅行の方が充実感がある。

ほぼ時間ピッタリに事務所に到着!!受付嬢(これがなかなかのベッピンさん)で、サルバドール弁護士に会いにわざわざ日本から来たんだと言ってロビーで待っていたらご本人がご登場!!早速挨拶をしたあと、事務所内の図書館に通された。そこで早速、ぼくのプロジェクトである「スペイン法サイト」についてのプレゼンテーションを行なった後(日本語で)、サルバドール弁護士が「スペイン法サイト」に協力していただけることを約束してくださり、日本からのお土産とぼくの名刺をお渡しした後、早速お食事へ...。

スペインという国は、何処ぞの国の「セッカチな食事」とは違って、午後2時00分ぐらいから1時間30分ぐらいかけてゆっくり食べる。食事はお話をしながらゆっくり食べるものだと考えるぼくの行動原理からすれば、これぐらいの時間の方が実に素晴らしいと思えるのだが...。国民性とか文化の違いなので仕方ないのだが...。あとエチケットとして、料理は全部食べないこと。全部食べるといやしい奴だと思われるのだそうだ。だからなのだろうか、スペイン料理は割りと多めに出てくる。 

サルバドール弁護士とは豆が入ったスープ(前に来た時もこれだったが未だに名前が覚えられない...)をプリメール・プラート(第1皿)で食べ、セグンド・プラート(第2皿)では魚料理を(これも名前忘れました)、そしてポストレ(デザート)は生クリームいっぱいのケーキ(食べ物のスペイン語はほとんど分からなかったのであてずっぽうに「これ」と言ったらこんなものが出てきた)を食べた。もちろんセルベッサ(ビール)も軽くコップ2杯飲んだ。 

この間にサルバドール弁護士とお話したこといえば、ぼくのホームページに載せている「憲法裁判所」に関する論文の評価を受けたり、サルバドール弁護士の現在の仕事(行政法関係の訴訟やIT関係の法律などを手がけていらっしゃるそうである)についてお聞きしたり、1時間30分はあっという間に過ぎてしまった。ぼくにはこういうスペインの生活がすごく合っているなぁということを感じた。同じお酒を飲むにしても、どこぞのオヤジの説教を受けて、上司の顔ばかりを立てているようなアホうな飲み方とは違って、本当に気持ちがよかった。 

サルバドール弁護士とお別れする前、MARCIAL PONSという法律専門書を出版している出版社とその出版社が直に経営している本屋を紹介していただいて、そこに1人で行くことになった。実はその本屋でちょっとした失敗が...。

まず本屋を探すのに一苦労...。真っ直ぐ行けば30分もかからなかったところを1時間30分もかかってしまったこと。サルバドール弁護士には地図を書いてもらったものの、地図に書いてあった道をなかなか見つけられずにその道を探すのに一苦労...。挙句の果てに、街を歩いているお姉さんを引っ掛けて、

「この本屋は知らないかい?」
と声をかける始末。よく考えてみれば、渋谷のギャルを引っ掛けて、
「有斐閣はどこにありますか?」
と聞いているようなもの。ちなみに、有斐閣 [ゆうひかく]とは、法律を勉強している人なら知らない人はいないと思うが、法律関係の書物を中心に出版している歴史のある出版社である。

実は、本当の意味で失敗はここから。本屋に入って、ぼくはまずお目当てのスペイン語で日本の民法の条文を説明した本を探した。しかし見つけることができなかったので、店員さんに本があるか否かを聞くことにした。ここで大きな失敗が...。 

「ここに"Código Civil japonese" (日本の民法)の本はありますか。」 
「日本語で書かれた民法の本ですか。」
「はい。」
「それはありません。」 
ぼくがここの店員とやり取りしたスペイン語を日本語にしたものだ。ぼくは店員が言ってきたjaponeseの意味を「日本語」という意味だと勘違いをしてしまったのだ。単語は分かっていたのだから、意味もちゃんと理解できないと!! 

この本屋では、たまたま見つけたスペインの憲法の概説書を購入して本屋を出て行った。

のどが渇いたので1件バルに立ち寄って、ビールとコーラを飲んでホテルに戻った。午後7時30分にホテルに戻って少し休憩をとった後、午後10時00分過ぎにお腹がすいたので、ホテルの近くのバルへ。この日は水曜日だったので、サッカーがテレビでやっていて、これは盛り上がるだろうなぁと想像しながらバルに入っていった。案の定、バルの中は興奮状態。レアル・マドリー (Real Madrid)ファンのおじさんたちがたくさんいた。清麿君はお酒が飲めないので、これがちょっと残念だったが、ぼくは彼に遠慮せず、ビールを頼み、おつまみには好物のボケローネス・コン・ビナグレ (カタクチイワシの酢漬け)を。パエーリャも頼んで (パエーリャは夜食べるものではない!!)ぼくはバルのマスタと中村俊輔の話を。中村俊輔といえば、来シーズン(2002-2003シーズン)からレアル・マドリーに移籍するという話なのだが、彼の名前を知っているかと尋ねたら、「知っている!!」と返ってきた。ぼくは、

「彼は日本でも優秀な選手だ。スペインリーグでのレアル・マドリーと同じだ。」
と言ってやると喜んでいた。最後には、
「レアルは世界チャンピオンだ!!」
と言って握手を交わす始末 (でもウソではない。FIFAが選んだ20世紀最高のクラブチームなのだ!!)。清麿は片言ながらもぼくがスペイン語を話しているのを見て嫉妬していたようだった。この気持ちは分かる。「エル・ソル・イ・ラ・ルナ」の時のスペイン旅行は、ぼくはまさに「清麿の立場」だったからだ。しかしながら、意外に通じたのは本当に嬉しかった。

ぼくはホテルに帰ってから、「参議院について」の話を手紙にしたためたあと、気持ちよくベッドに入った。
 

これが!?
スペイン中央郵便局
スペイン広場から撮った
スペイン参議院

 2002.2.7  サムライさん、イラッシャ〜イ!!

明けて3日目。ツアで知り合った友蔵と合流して、清麿とぼくの3人で王宮に。初めてスペインに行ったときには王宮には行けなかったので王宮へ行くことに。

現在の王宮は、国王は住んでおらず国の儀式のために使われている建物だ。本当はもっとクドクドと説明したいのだが、ガイドが長くなると「エル・ソル・イ・ラ・ルナ」と変わらなくなってしまうのでここまで。ぼくたちは中に入ることに。入口を入るとすぐにあったのは銅像。誰か分からなかったので、近くにいた掃除のオバサンに声をかけて、

「あれ誰ですか?」
と質問したら、
「今の王様だよ。」
と教えてくださった。普通ならばここで会話はストップするはずなのだが、今回のスペイン旅行にはスペイン語を話しに来たようなものだから、ぼくは無理やり会話を継続させた。
「彼は国家元首なのか。」
こんなことをわざわざ聞かなくてもいいことをわざわざスペイン語で訊ねた。おばさんは、ぼくの質問に少々戸惑っていたようだったが、
「Sí.」
と返事してくださった。だんだんスペイン語を話すことが楽しくなってきた。ちなみに、「王様」はスペイン語では「レイ (rey)」で「国家元首」は「ヘッフェ・デル・エスタード (Jefe del  Estado)」という。

王宮は、カトリック両王の彫刻が部屋の出入口にあったりと、権力者としての「権威」を如何に国内に示すかというエネルギーをいっぱい感じた。ここはスペイン語で書かれた「王宮」についての本を購入。そしてホテルに帰ることに。

実は、帰った後が一大事件。清麿がT/C (Travelers Check)を現金にしたいと言い出したのだ。これ自体は何ということではない。しかし事件になったのはここからなのだ。

まずはホテルのフロントに行って現金にしてもらおうと清麿が英語で聞いてみた。しかしホテルではできないのだと言う。

そこで、次にホテルの向かい側にあった銀行に。銀行に入って一先ず清麿とともに列に並ぶことに...、清麿はスペイン語ができないので (ぼくもそんなにできるわけではないけど)通訳をするために、念のために付いていったのだ。やはりスペインという国らしく、窓口業務もすごくのんびりしている。だからなのか、なかなか前には進まない。「ゆっくりだなぁ〜」と関心(!?)していたら、いきなり入口にいた銀行員がいきなりぼくたちのところに来て、

「何しに来たんだ!?」
とスペイン語で言われる始末。これにはびっくりした。入口にいた銀行員は不審な日本人2人組いるので「何だこいつら!?」と思ってぼくたちの方に来たのかどうかは定かではないが、いずれにせよぼくたちがしようとしていることを説明しなければならない。しかしT/Cというスペイン語が分からなくて焦った。ここで勘を働かせて、知っていたCheque (小切手)と Viaje(旅行)という言葉を使って、
"Quiere a cambiar de cheques viajeres a dinero."
(彼がT/Cを金に換えたいんだ。)
ととっさに返したら、
「分かりました。」
と言われた。こんなもんでいいのか?まず第1関門突破だ!!

しかし次が大変。窓口でのこと。ぼくは同じように換えたいと説明したのだが...窓口の人たちはみんな固まってしまった...。通じていないのではないということは雰囲気で分かった。ここからの行員同士のスペイン語でのやり取りが始まった。それは聞き取れなかったが、混乱していたのは雰囲気で分かった。しばらくすると窓口の女性はどこかに電話をかけ、やり方を聞いているようだった。

(あんた、入口の人がここで換えられるって言ったじゃんか!!何聞いてるんだよ!!)
とにかく待ってるしかなかった。10分ぐらいして、
「パスポートを出せ。」
と言われ、スペインでは通じるパスポートのコピーを提出。これでまた5分ぐらい経過。今度は、
「本物を出せ。」
と言ってきたのか、最初は聞き取れなかったので、
「もう少しゆっくり話して。」
と言ったらキレられて、
「オリヒ〜ナル!!」 (註; 「オリジナルのパスポートを出せ」の意味)
とでかい声で言われる始末。日本の銀行ではあり得ない話だ (でも日本の窓口みたいな「営業スマイル」も気持ち悪いと思うが...)。客に対して怒るなよ〜、ぼくは言葉にハンディのある日本人だよ(笑)。ぼくがサルバドール弁護士と話した時に、ぼくの話した日本語がサルバドール弁護士には聞き取ることができなかったとき、違う単語でゆっくりと話してあげたのに...。それはともかく、何とかサインをしろだの何だのと言われて(これは当たり前ですが...)、ようやく終了!!たかだか1枚のT/Cを現金に換えるのにかかること35分。ふ〜、やってられないよ(笑)。でもいい経験ができた。

このあとぼくたちはバスでコルドバ (Cordoba)に移動。途中でコンスエグラ (Consegra)という街にたどり着く。ここはもうマドリーとは違う雰囲気。白くて大きな風車がある小高いところにある街。そこには陽気なオジサンが...。変な日本語を話す人だった。ぼくがスペイン語で話し掛けると、なぜか「サムライ」というニックネームを付けられてしまった。ちなみに、カップルでツアに参加していた人たちは「新婚さん」というコンビ名を付けられていた。ついでに「いらっしゃ〜い」という日本語でも教えておけばよかったかな?ここでは風車の中に入れてもらって、そこから見える絶景を楽しんでいた。

コンスエグラを去り、1回トイレ休憩をはさみ、午後6時30分ぐらいにコルドバに到着。もうそこはマドリーともコンスエグラとも違った雰囲気だ。道路にはオレンジ並木があり、オレンジの実が落ちていた。どうやらこのオレンジは酸っぱくて食べられないらしい...。ぼくは、台風の後の銀杏の木の下で銀杏を拾っているオバチャンたちの姿が、このオレンジの木の下にもあるのかと内心面白がっていたのだが...。どうやらこれらのオレンジはマーマレードになるらしい。

コルドバは、世界史をやっていた人なら誰でも知っている都市だと思われるが、かつてスペインがイスラーム勢力下だった頃のイスラームの首都である。だから、街の雰囲気は妙にイスラームっぽいところがある。街で一番よく目立つ建物のメスキータは、8Cに建て始められたイスラームの大寺院。これ、意外とお薦め!!ヨーロッパでイスラームのモスクが見られるのはスペインぐらい (反証があったらぜひ教えてください、勉強になるので)。アランブラ宮殿もいいが、こっちもいい。メスキータには明日行くことになっている。

夜はメスキータ近くまで20分ぐらい歩いて、メスキータに架かっているローマ橋を写真で撮って(ライトアップがすごくきれい...でも暗くてフラッシュが届かず写真は真っ黒)、泊まっていたTRYP Gallosにあったバルでお食事。この時間、まだ午後9時30分。スペインでは、ちょっと夜のご飯にしては早すぎるかな?という時間。ぼくは好物のトルティーリャ・エスパニョール (スペイン風オムレツ)に舌鼓を打ちながらワインを飲むことにした。ところが、ここでまたしてもスペイン語の力不足が...。「グラス1杯なのかボトル1本なのか」と聞かれたようなのだが、何言っているのか分からなかった(昼間の銀行で疲れてスペイン語の脳にはならなかった)ので、適当に「後の方のやつお願いします」と言ってしまった。マスターが何を言ったかが分かったのは注文が来てから。ボトル1本、ワインがきてしまった。一緒に食事していた清麿はお酒が飲めない。そうすると、ぼくが1本開けなきゃいけなくなってしまう (驚)。ぼくもそんなにお酒は強くないので、ワイン1本 (750ml)を1人で飲むにはちょっときついかなぁ...... (昼間のトイレ休憩でもビールの小さなビンをコーラを飲むような感覚でグイっと飲んでしまっている)と思って飲んでいたらなんと飲めてしまった...。

バルで飲んだ後、酔いながら部屋に戻って休むことにした。まずはベッドでゴロっとして、清麿が風呂から上がるのを待ちながら、次の日に行くところの予習を「地球の歩き方」という旅行ガイドブックを使ってやっていた。清麿が風呂から上がり、今度はぼくが風呂にチャチャっと入って床についた。

「サルバドールは元気か?」
「あそこの単語の使い方は間違っている。」
「発音をこうした方がいい。」
「銀行での"本物"という単語がどうして聞き取れなかったんだ!?」
次々とぼくはアドヴァイスと説教を受けていく.........。ぼくは南山大学法学部の学部長室に座らされて、そんなことを言われていた。「銀行での"本物"という単語がどうして聞き取れなかったんだ!?」と言われてもねぇ...。要するに自分の学力不足なんだよなぁ。

っていったい誰に言われているのかという話だが、その相手は他でもなくぼくの師匠黒田先生から...。ぼくはスペインにいるはずなのにどうしてぼくは日本にいるんだろう......。

どうやらぼくはそんな夢を見ていたようだ。一番出てきてほしくない方が出てきてしまったのだから安眠なんかできるわけがない!!実質的な睡眠時間は3時間ぐらいだろうと思う。まぁぼくの師匠もスペインに「来たがって」いたから(?)、仕方がないので許してあげることにしよう (安眠を妨害しないでください)。
 

スペインの王宮
中は豪華絢爛!!現在も使用中だ
ぼくの名前は「サムライ」 in Consegra

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