企業再編に関する法整備のアウトラインとその課題
南山大学法学部黒田ゼミ
加代昌広、池戸健一朗、木俣知也、大野充清、小林健作
プロローグ
あなたが日本に住んでいるのならば、「会社」が存在しない生活ははたして考えられるであろうか?いま、こうやってインターネットを通じてぼくの文章を読むことができるのも、まずぼくがパソコンという道具があるからであり、それを作っているのは「会社」である。また、あなた自身も、パソコンなどを使ってこのページを見ているわけだから、やはり会社の恩恵を受けているのである。そう考えると、会社の存在を否定して生きていくことはできない、換言すれば会社は生活に密着した存在なのである。
会社は、何も日本だけにあるわけではない。例えば、マッキントッシュで見られている方にせよ、WINDOWSで見られているにせよ、これはアップル社・あるいはマイクロソフト社というアメリカの会社がそもそも技術開発をして、その恩恵にあずかりこうしてパソコンを使っているのである。会社は世界中にある。
従来は、日本の企業は、日本の企業同士で競争を行なっていればよかった。しかし、「国際化の波」「IT革命」「金融ビッグバン」等の影響により、今まで以上に外国の企業が日本に進出してきた(逆に、トヨタやソニーのように、日本企業が海外に進出して海外の土俵で競争を行なっている企業も少なくない)。つまり、会社はグローバル化が進んでいるのである。そうなると、日本の企業は世界中の会社と競争しなければならなくなり、競争にどうやって勝つのかを、「はやく」「的確」にその戦略を練らなければ、競争にたちまち負けてしまうのである。
ところで、「会社」という「営利社団法人」の行動(取引)を促進させたり、あるいは逆に規制したりする法律は、「商法」である。商法は、「合理化(会社の利益を上げる)と適正化(会社の行動に歯止めをかける)の調和」ということがとても重要になってくる。もし、この調和が崩れたときは、商法という法律を変えるなり、条文の解釈によりこの調和を保つ以外に、「調和崩れ」の是正策はないであろうと思われる。こういった考え方のもとで、様々な制度が設けられたり、あるいは制度が撤廃されたりしてきた。
平成12年に改正された商法もまさにそういった原理に則った形で改正が行なわれた。つまり、先程も述べたように、社会のグローバル化により、日本の会社も競争力をつけなければ、海外の会社に競争で負けてしまう。そこで、それを防止するために、会社の組織の再構成を簡単に行なえるようにするようにしようという理由で、平成12年に「会社分割制度」という制度が設けられた。
このサイトでは、「会社分割制度」とは何かということの概略を平易な言葉で説明するとともに、制度導入前とどのように変わったか及びその制度が抱える問題点のかを考察していこうと思う。
企業再編法制制定前における企業再編の方法について
会社の組織の再構成を行うための制度は、実を言えば、「会社分割制度」が設けられる前から、商法上、設けられていた。それが、下の表のような方法で行われてきた。
(商法168条1項5号) |
(商法280条ノ2第1項3号) |
|
(商法168条1項6号) |
(商法246条) |
以前の法制度を使うと、大きく分けて3種類ある。具体的には、「現物出資による営業の移転」・「財産引受の方法による営業の移転」・「事後設立の方法による営業の移転」である。少し詳しく見てみよう。
「現物出資」とは、設立又は新株発行に際して、株式の対価として金銭以外の財産をもって出資する行為であり、その目的は動産・不動産・債権・有価証券・特許権のようなもの、あるいは営業の全部又は一部でも構わないとされるものである。先に述べた営業の譲渡を行うことによって、財産が移転し、会社が設立されるという仕組みで会社の組織を再構成しようというものである(商法168条1項5号・商法280条ノ2第1項3号)。

現物出資
この現物出資による会社組織再構成の方法は、左記の通り、現物出資による新会社設立方法と予め金銭出資により設立した会社に対して行う現物出資の2つある。

財産引受
「財産引受」とは、発起人が会社設立中の会社のために、会社の成立を条件として締結する財産の譲受契約をいう(商法168条1項6号)。この場合、発起人を親会社にして子会社を設立するが、その際親会社が分割すべき営業を子会社成立後に子会社に譲渡すれば、会社の組織が再編される。

事後設立
「事後設立」とは、会社成立2年以内に、資本の20分の1以上にあたる対価で、会社成立前から存在する財産を引き受ける契約をいう。
大きく分けた3つのうちの「現物出資」と「財産引受」は、商法168条の「変態設立事項」に該当する。「資本充実の原則」という商法上認められた根幹概念を破られるため、通常の会社の設立方法とは違い、規制をより厳しく設けている。
その条文を列挙してみよう。
第173条1項
取締役ハ其ノ選任後遅滞ナク第百六十八条第一項ニ掲グル事項ヲ調査セシムル為検査役ノ選任ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ要ス
第173条2項
前項ノ規定ハ第百六十八条第一項第五号(現物出資)及第六号(財産引受)ノ財産ノ定款ニ定メタル価格ノ総額ガ資本ノ五分ノ一ヲ超エズ且五百万円ヲ超エザル場合ニ於テハ同項第五号及第六号ニ掲グル事項ニ付テハ之ヲ適用セズ第百六十八条第一項第五号又ハ第六号ノ財産ガ取引所ノ相場アル有価証券ナル場合ニ於テ定款ニ定メタル価格ガ其ノ相場ヲ超エザルトキ其ノ財産ニ係ル同項第五号又ハ第六号ニ掲グル事項ニ付亦同ジ
第173条3項
第百六十八条第一項第五号又ハ第六号ノ財産ガ不動産ナル場合ニ於テ同項第五号又ハ第六号ニ掲グル事項ガ相当ナルコトニ付弁護士ノ証明ヲ受ケタルトキ其ノ事項ニ付亦前項ニ同ジ此ノ場合ニ於テハ其ノ不動産ニ付不動産鑑定士ノ鑑定評価ヲ受クルコトヲ要ス
第181条1項
定款ヲ以テ第百六十八条第一項ニ掲グル事項ヲ定メタルトキハ発起人ハ之ニ関スル調査ヲ為サシムル為検査役ノ選任ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ要ス
第181条2項
第百七十三条第二項及第三項ノ規定ハ前項ノ場合ニ之ヲ準用ス
第246条2項
取締役ハ前項ノ契約ニ関スル調査ヲ為サシムル為検査役ノ選任ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ要ス
第246条3項
第百七十三条第二項及第三項ノ規定ハ前項ノ場合ニ、第百八十一条第三項及第百八十四条第二項ノ規定ハ前項ノ検査役ノ報告書及本項ニ於テ準用スル第百七十三条第三項前段ノ弁護士ノ証明書ニ之ヲ準用ス
第280条ノ2 1項
会社ノ成立後株式ヲ発行スル場合ニ於テハ左ノ事項ニシテ定款ニ定ナキモノハ取締役会之ヲ決ス但シ本法ニ別段ノ定アルトキ又ハ定款ヲ以テ株主総会ガ之ヲ決スル旨ヲ定メタルトキハ此ノ限ニ在ラズ
三 現物出資ヲ為ス者ノ氏名、出資ノ目的タル財産、其ノ価格並ニ之ニ対シテ与フル株式ノ額面無額面ノ別、種類及数
第280条ノ8 1項
現物出資ヲ為ス者アル場合ニ於テハ取締役ハ第二百八十条ノ二第一項第三号ニ掲グル事項ヲ調査セシムル為検査役ノ選任ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ要ス
条文を見ても明らかなように、「現物出資」や「財産引受」には裁判所の選任する検査役の調査が必要となる(商法173条1項・商法181条1項・商法280条ノ8第1項)。したがって、裁判所には介入されない「事後設立」が、会社分割の方法として平成2年まではよく使われた。
しかし、平成2年の商法改正により、「事後設立」にも検査役の調査が入るようになり(商法246条2項)、また、「現物出資」や「財産引受」の検査役の立ち入りが一部免除されたため、「事後設立」以外での設立が行われるようになっていった。具体的な内容としては3つある。
- 「現物出資及び財産引受の目的物の価格の総額が資本の5分の1を超えず、かつ500万円を超えない場合」
- 「目的物が取引所の相場のある有価証券で、定款に定めた価格が相場を超えない場合」
- 「目的物が不動産で定款に定めた事項が相当であるとの弁護士の証明があり、不動産鑑定士の鑑定評価を受けた場合」
が存在する。
ところで、会社に検査役が入ると、なぜ会社は「嫌がる」のだろうか?それは検査役の調査が完了するまでは営業を停止しなければならない上に、検査役の調査がいつ終わるのかということについての見込みが立たないため、会社の設立等の時期の確実な予測が困難なためである。また、営業を承継する会社が債務を引き受けるときは、個別に債権者の同意を得なければならないという会社にとっては面倒な手続きを行わなければならない。債権者の同意を得ることは、債権者保護の見地から必要なことと思われるが、個別的に同意を得るという面倒な手続きを経なければ会社分割ができないということになれば、それは会社にとっては望ましいこととはいえないであろう。また、税務上において、「営業譲渡」に関していうと、特別な手当てがなく、譲渡対象となる営業の簿価と売却価額との差額について「譲渡する会社」に課税所得が発生するため、会社には不利益が生じる。一方、「現物出資」については、一定の条件を満たせば、法人税法51条の特定現物出資により、譲渡益課税の問題が生じない場合がある。
以上の問題点をもう一度箇条書きにしてまとめてみることにしよう。
- 検査役の調査が完了するまでは営業を停止しなければならない。
- 実務上、検査役による検査手続きがいつ終わるのかが分からないため、不利益を生じる。
- 営業を承継する会社が債務を引き受けるときは、個別に債権者の同意を得なければならない。
- 営業譲渡による方法では、会社分割を行うと、税務面に特別な手当てがない。(但し、「現物出資」については、特別現物出資の規定より、税金が繰り延べられることがある)
最後に、会社分割制度以外にも「会社の合併」という方法で、会社の組織を再編させる方法がある。「合併」とは、2個以上の会社が契約により1個の会社に合同することをいい、「新設合併」と「吸収合併」の2種類の方法がある。
特に、吸収合併を使えば、A社が消滅会社となり、B社またはその新設子会社が存続会社として、会社の組織を再編させようという方法を考えれば、会社分割制度という制度を設けなくてもよいのではないかと考えられる。確かに、存続会社の設立後経過年数にかかわらず検査役の検査手続きが不要になるという長所がある。また、合併によってA社の資産・負債はB社に当然に引き継がれるので、資産の個別譲渡手続き・負債や契約関係・雇用関係の承継に際しての相手方の同意入手等は、不要である。さらに、税務上もB社がA社の資産・負債を簿価で引き継がれることが認められているため、譲渡益課税を避けて合併を行うことが可能である。つまり営業譲渡による「会社再編の方法」の短所を見事に克服しているのである。しかし、雇用関係が当然に承継されるため、人員合理化ができないという欠点を持っている。また、B社がA社の資産・負債を承継するとはいえ、B社が必要な対象会社の資産・負債と不要な対象会社の資産・負債とを合併において選別することはできないという問題点もある。
ここで付記すべきことは、平成9年の商法改正において、「会社の合併手続きを簡素化し、合併をスピーディーに且つよりコストをかけないで行なえるようにするともに、株主及び会社債権者に対する合併情報の開示を充実させるための合理化のための改正」ということで、合併法制の合理化を行ない、具体的には大きく下の4つの点を改正した。
報告総会(吸収合併時)および創立総会(新設合併時)の廃止 (商法412条・413条を廃止)
これは合併手続きを煩雑にし、かつ長期化させるものである。条文上は、「合併に関する事項を報告する」ことがこれらの総会を開く目的としているが、実務上は定款の変更や合併後の役員の選出を行なっている。しかしこれらのことは、合併契約書承認総会の段階で処理することが可能であり、合併についての報告は合併後の最初の総会で行うことができるため、廃止すべきであるという考え方のもと、廃止された。
事前開示の充実 (合併承認総会の2週間前に本店に備えおく書類の充実)(商法408条ノ2 1項)
株主及び会社債権者に対して情報を閲覧できるようにすることによって、彼らの権利を保護できる制度が生まれた。
債権者保護手続きの簡素化・合理化 (商法412条・413条)
合併承認決議の日から2週間以内に会社債権者に対して、合併に異議があれば1ヶ月を下さらない一定の期間内にこれを述べるべき旨を官報で公告し、かつ会社に「知れたる債権者」には各別にこれを催告しなければならない。但し、膨大な数の「知れたる債権者」に対して常に個別の催告を要求をするのは、コストがかかり、合理的とはいえない。そこで、官報又は定款で定めた時事に関する日刊新聞紙で公告した場合は、個別の催告は不要とされる。
簡易合併手続きの創設 (商法413条ノ3)
経済状況の急激な変化に素早く対応できるように、合併手続の簡略化を図った。規模が小さかったり、財産状況が悪化している会社を吸収する場合に使われる。
独占禁止法9条の改正
独占禁止法9条といえば、GHQの占領政策の大きな柱であった「財閥解体」を行なった際に、二度と財閥のような「私的独占企業」が出現しないように、「持株会社禁止規定」として設けられた規定である。
独禁法9条3項は平成9年のものを含めて2回改正されたが、平成9年前まではその「持株会社」の定義は、「株式を所有することにより、国内の会社の事業活動を支配することを主たる事業とする会社」とするものであったが、この定義をめぐり2つの学説の対立があった。1つは、「本来の事業を行なわずに他社株を保有することのみを事業とする純粋持株会社のみを禁止の対象とすべきものと考え方」であり、もう1つは、「事業持株会社のうちで、他社支配を主たる事業を目的とする会社をも禁止の対象とすべきものとする考え方」である。公正取引委員会は、後者を支持してきたが、その一方で、禁止の対象に含まれる可能性のある事業持株会社を野放しにしてきたため、「大規模な事業持株会社は問題にされないが、小規模な純粋持株会社は一律的に規制の対象となる。」状況が生まれてきた。
独禁法9条が、平成9年に改正されたのち、「持株会社」の定義が変わり、「子会社の株式取得価額合計の会社総資産額に対する割合が100分の50を超える会社」であるとし、純粋持株会社が事実上解禁されたのである。
株式移転・株式交換
プロローグ
独占禁止法9条3項の改正、すなわち「純粋持株会社」が解禁されたことの意味は、実務の上でも、また学問的にも大きな意味があった。なぜなら、グループ会社の経営方針を迅速に・機動的に決められるからであり、GHQの占領政策からの転換点にもなったからである。
しかし、問題は、純粋持株会社を法律上、作ることを認めたとしても、その設立方法は、前述した現物出資や営業譲渡といった方法でやらざるをえないことになり、実効性は乏しいと言わざるを得なかった。そこで、「純粋持株会社」を簡単に作ることのできる方法を法律で認めてやる必要性が出てきた。そこで、生まれた制度というのが、「株式交換・移転制度」である。
まず、各制度の説明に入る前に、「簡単に作ることのできる」の「簡単に」という言葉に着目して、いったい、どこがどのように「簡単に」なったのかを説明しておこうと思う。それは、大きく分けて2つの点で「簡単に」純粋持株会社が作ることができるようになったと考えられる。1つは、「株主総会の特別決議等の法定手続きの履行により、強制的に完全子会社の株式が移転できるようになった点。」もう1つは、「現物出資や営業譲渡といった設立方法の問題点が一気に解消できた」点にある。
株式交換制度
それでは、各論に移したいと思う。まず、「株式交換制度」とは、「株式会社が他の既存の株式会社との間で、完全親子会社関係を創設するための制度」である(商法352条1項)。そして、完全子会社になる会社の株式は完全親会社になる会社に移転され、完全子会社になる会社の株主は、完全親会社の株主となる。
それでは、実際に株式交換制度を使ったソニーを図を見ながら見てみよう。

株式交換制度(ソニーの事例)
“SONY MUSIC ENTERTAINMENT””SONY CHEMICAL”そして”SONY PRECISION TECHNOLOGY”は、それぞれ、もともとは東京証券取引所2部に上場していた企業であった。3社とも、株式をSONYに50%以上持たれていたので、子会社ではあったが、完全子会社(100%子会社)ではなかった。しかし、SONYのブロードバンド時代に向けての企業戦略を実現させるため、つまりモノ作りというハード面に加えて、音楽などのソフト面にも力を入れていくという経営方針のもと、「株式交換制度」を用いて、これら3社をSONYの完全子会社化したというわけである。
次に、「株式交換制度」の手続きを見てみることにしよう。手続きは以下のような手順で行なわれる。
- 各当事会社は、それぞれの取締役会の承認を経て、株式交換契約を締結
- 株式交換契約承認のための株主総会が開かれる2週間前から、株式交換の日後6ヶ月を経過するまで、株式交換契約書等の情報開示を行う(事前開示)。(商法354条)
- それぞれの株主総会で特別決議による承認を受ける。(商法353条1項)
但し、上記契約に反対する株主は、株式買取請求権が行使できる。(商法355条) - 株券提供手続きがとられ、株式交換の日に完全子会社となる会社の株主には完全親会社となる会社の株式が割り当てられて株式交換の効力発生。(商法352条2項)
- 株式交換の日から6ヶ月間、株式交換に関する事項記載書面等の情報が開示され(事後開示・商法360条1項)、株式交換無効の訴えも可能である。(商法363条1項・2項)
「各当事会社は、それぞれの取締役会の承認を経て、株式交換契約を締結」について
商法353条には、株式交換契約書を作成しなければならないと規定が置かれている。その内容は商法353条2項各号にある。
第353条1項
会社ガ株式交換ヲ為スニハ株式交換契約書ヲ作リ株主総会ノ承認ヲ得ルコトヲ要ス
第353条2項
株式交換契約書ニハ左ノ事項ヲ記載スルコトヲ要ス
- 完全親会社トナル会社ガ株式交換ニ因リ定款ノ変更ヲ為ストキハ其ノ規定
- 完全親会社トナル会社ガ株式交換ニ際シテ発行スル新株ノ総数、額面無額面ノ別、種類及数並ニ完全子会社トナル会社ノ株主ニ対スル新株ノ割当ニ関スル事項
- 完全親会社トナル会社ノ増加スベキ資本ノ額及資本準備金ニ関スル事項
- 完全子会社トナル会社ノ株主ニ支払ヲ為スベキ金額ヲ定メタルトキハ其ノ規定
- 各会社ニ於テ前項ノ決議ヲ為スベキ株主総会ノ期日
- 株式交換ノ日
- 各会社ガ前号ノ日迄ニ利益ノ配当又ハ第二百九十三条ノ五第一項ノ金銭ノ分配ヲ為ストキハ其ノ限度額
「事前開示」について (cf. 株式移転制度の「事前開示」)
株式交換契約書の承認総会にあたって、
- 株主の議決権行使の判断に視する情報の提供のため
- 株式交換無効の訴え提起の判断材料に使ってもらうため
に事前開示を行う。
事前開示されるものは、商法354条2項に定められている4つである。
- 株式交換契約書
- 株式割当比率の理由書 (割当比率が公正なものであることを記載した書面)
- 当事会社それぞれの賃借対照表 (承認総会の会日の前六カ月以内の日を基準として作成されたもの)
- 当事会社それぞれの損益計算書
反対株主買取請求権
株主保護の確保のための規定
株券提供手続き
- 完全子会社になる会社は、その株主から株式交換の前日までに株券・端株券を会社に提供すること
- 株式交換の日には提供の有無に関わらず株券・端株券は一律に無効になることを株式交換の日から1ヶ月前に公告し、かつ株主・株主名簿に記載のある質権者に格別に通知しなければならない。(商法359条1項)
完全親会社の株式を割り当てるべき完全子会社になる会社の株主を確定し、無効な株券の流通を防止するための手続きである。
事後開示について
内容は、下のとおりである。(商法360条)
第360条1項
取締役ハ株式交換ノ日、其ノ日ニ於テ完全子会社トナリタル会社ニ現存スル純資産額、株式交換ニ因リテ完全親会社ニ移転シタル完全子会社ノ株式ノ数其ノ他ノ株式交換ニ関スル事項ヲ記載シタル書面ヲ株式交換ノ日ヨリ六月間本店ニ備置クコトヲ要ス
第360条2項
第三百五十四条第二項ノ規定ハ前項ノ書面ニ之ヲ準用ス
第354条2項
株主ハ営業時間内何時ニテモ前項ノ書類ノ閲覧ヲ求メ又ハ会社ノ定メタル費用ヲ支払ヒテ其ノ謄本若ハ抄本ノ交付ヲ求ムルコトヲ得
次に、債権者保護規定の有無について述べておきたい。「株式交換制度」において債権者保護規定というのは存在しない。それは何故だろう?その理由は2つある。まず第1に、完全子会社となる会社は、株主の構成が変わるだけであり、財産には何ら変更はないからである。第2に、完全親会社となる会社は、完全子会社となる会社の株式を取得して資産が増加する。したがって、子会社及び親会社の債権者は、株式交換によって何ら不利益を生じることはないわけであり、これらの理由により、債権者保護規定というのは存在しないのである。
最後に、株主の保護規定の最も重要なものである、「株式交換無効の訴え」についてと、「子会社の業務内容等の開示」について述べておきたい。
「株式交換無効の訴え」については、商法363条に規定がある。
第363条1項
会社ノ株式交換ノ無効ハ株式交換ノ日ヨリ六月内ニ訴ヲ以テノミ之ヲ主張スルコトヲ得
第363条2項
前項ノ訴ハ各会社ノ株主、取締役、監査役又ハ清算人ニ限リ之ヲ提起スルコトヲ得
第363条3項
第一項ノ訴ハ完全親会社トナリタル会社ノ本店ノ所在地ノ地方裁判所ノ管轄ニ専属ス
第363条4項
株式交換ヲ無効トスル判決ガ確定シタルトキハ完全親会社トナリタル会社ハ株式交換ニ際シテ発行シタル新株又ハ第三百五十六条ノ規定ニ依リ移転シタル株式ノ株主ニ対シ其ノ有シタル完全子会社トナリタル会社ノ株式ヲ移転スルコトヲ要ス
第363条5項
第百五条第二項乃至第四項、第百九条、第百三十七条、第二百四十九条及第二百八十条ノ十七ノ規定ハ第一項ノ訴ニ、第二百八条及第二百九条第三項ノ規定ハ前項ノ場合ニ之ヲ準用ス
「子会社の業務内容等の開示」は、株式交換制度が完全親子会社関係を創設しやすくする法制度であることから、それまで株主総会において直接的に議決権を行使し経営に関与できた株主が、親会社の取締役を通じてしか、子会社の経営に関与することができなくなってしまうため、保護する必要性が出てくる。そこで、次のような規定を設けた。
- 親会社株主の子会社に関する書類の閲覧検討
- 親会社株主による子会社の株主総会議事録の閲覧・謄写(商法244条4項)
- 親会社株主による子会社の取締役会議事録の閲覧・謄写(商法260条ノ4 4項)
- 親会社株主による子会社の定款等の閲覧・謄写(商法263条4項)
- 親会社株主による子会社の計算書類等の閲覧・謄写(商法282条3項)
- 親会社株主による子会社の会計帳簿の閲覧・謄写(商法293ノ8条2項)
- 親会社監査役による子会社調査権 (商法274ノ3条1項)
- 検査役の選任の請求・検査役の子会社調査権 (商法294条)
簡易株式交換
簡易株式交換制度とは、株式交換制度よりも「簡易に」株式交換を行うことができる制度である。具体的には、「完全親会社となる会社は株式交換契約書の承認決議を要せずに株式交換ができる」制度であるが、これは比較的規模の小さな株式交換が行なわれるときにだけ使われる。つまり、完全親会社となる会社の株主に与える影響が少ないと考えられるため、「簡易」な株式交換制度を設けたのである。
完全親会社となる会社が株式交換に際して発行する新株の総数がその会社の発行済株式総数の20分の1を超えず、かつ完全子会社となる会社の株主に支払う株式交換交付金の金額が、最終の貸借対照表により完全親会社となる会社に現存する純資産の50分の1を超えないとき (商法358条1項)
次に、株式交換との相違を見ておきたい。
(商法358条5項) |
(商法358条8項) |
|
規定はなし |
6分の1以上のとき、 簡易株式交換はできない。 (商法358条8項) |
|
株式を交換する旨を記載 |
||
(商法358条3項) (株主総会が開かれていないから) |
||
株主総会が開かれる2週間前から (商法354条) |
(商法358条9項) |
|
一定事項の公告・通知 (商法358条4項) (特別決議がない) (株主買取請求等株主の権利の確保) |
株式移転制度
「株式移転制度」とは、「既存の会社が単独又は共同して、自らは子会社となって完全親会社を設立するための制度」である(商法364条1項)。より具体的に言うと、次のような絵のような効果が生じる。

株式移転制度
ミツキヨ食品株式会社」と「株式会社カシロマン食品」という2つの既存の会社が、自らが子会社となって「ミスターホールディングカンパニー」という新しい会社、しかも2つの既存の会社にとっての完全親会社が株式移転制度を使って設立されたとしよう。
上の例でいえば、「ミツキヨ食品株式会社」にも「株式会社カシロマン食品」にもそれぞれ株主が存在しているはずである。彼らはどうなってしまうのかが問題となる。この点について、商法364条2項には、「株式移転ニ因リテ完全子会社トナル会社ノ株主ノ有スル其ノ会社ノ株式ハ株式移転ニ因リテ設立スル完全親会社ニ移転シ、其ノ完全子会社トナル会社ノ株主ハ其ノ完全親会社ガ株式移転ニ際シテ発行スル株式ノ割当ヲ受クルコトニ因リ其ノ完全親会社ノ株主トナル」とある。この条文をまとめると、
- 株式移転によって完全子会社となる会社の株式は、株式移転によって設立される完全親会社に移転する。
- 完全子会社となる会社の株主は、完全親会社が設立に際して発行する株式の割当を受けて完全親会社の株主となる。
の2つのことを述べている。
次に株式移転制度がどのような手順で行われるかを見ていきたいと思う。
- 完全子会社となる会社において、株式移転を行うことを取締役会で決議
- 完全子会社となる会社において、事前開示を行う(商法366条)
- 完全子会社となる会社において、株主総会の特別決議をもって株式移転の承認 (商法365条)
反対株主に株式買取請求権を認める(商法371条3項) - 株券提供等の手続き後、新会社である完全親会社となる会社の設立登記により、効力が発生する(商法368条・369条・370条)。
- 事後開示を行う(商法371条3項)。
これによって、株式移転無効の訴を提起できる(商法372条)。
「事前開示」について
事前開示を行う趣旨は、株式交換と同様である。内容は下のとおりである。
商法366条1項
取締役ハ前条第一項ノ株主総会ノ会日ノ二週間前ヨリ株式移転ノ日後六月ヲ経過スル日迄左ノ書類ヲ本店ニ備置クコトヲ要ス
- 前条第一項ノ場合ニ於ケル議案ノ要領
- 完全子会社トナル会社ノ株主ニ対スル株式ノ割当ニ関スル事項ニ付其ノ理由ヲ記載シタル書面
- 前条第一項ノ株主総会ノ会日ノ前六月内ノ日ニ於テ作リタル完全子会社トナル会社ノ貸借対照表
- 前号ノ貸借対照表ガ最終ノ貸借対照表ニ非ザルトキハ最終ノ貸借対照表
- 完全子会社トナル会社ノ最終ノ貸借対照表ト共ニ作リタル損益計算書
- 前号ノ損益計算書ノ外第三号ノ貸借対照表ト共ニ損益計算書ヲ作リタルトキハ其ノ損益計算書
商法366条2項
第三百五十四条第二項ノ規定ハ前項ニ掲グル書類ニ之ヲ準用ス
「株主総会の決議事項」について (商法365条1項)
商法365条1項
会社ガ株式移転ヲ為スニハ左ノ事項ニ付株主総会ノ承認ヲ受クルコトヲ要ス
- 設立スル完全親会社ノ定款ノ規定
- 設立スル完全親会社ガ株式移転ニ際シテ発行スル株式ノ種類及数並ニ完全子会社トナル会社ノ株主ニ対スル株式ノ割当ニ関スル事項
- 設立スル完全親会社ノ資本ノ額及資本準備金ニ関スル事項
- 完全子会社トナル会社ノ株主ニ支払ヲ為スベキ金額ヲ定メタルトキハ其ノ規定
- 株式移転ヲ為スベキ時期
- 完全子会社トナル会社ガ株式移転ノ日迄ニ利益ノ配当又ハ第二百九十三条ノ五第一項ノ金銭ノ分配ヲ為ストキハ其ノ限度額
- 設立スル完全親会社ノ取締役及監査役ノ氏名
- 会社ガ共同シテ株式移転ニ因リ完全親会社ヲ設立スルトキハ其ノ旨
「株券提供手続き」・「事後開示」・「株式移転無効の訴」は、基本的には「株式交換」と同じである。
株式交換・株式移転制度の効果
「株式交換制度・株式移転制度」は、両者とも、完全親子会社関係を容易に作ることができるようになった。それによって、企業のグループ化が行ないやすくなったことによって、国際競争力の向上や企業経営の向上や企業系の効率化が図りやすくなった。前に挙げたSONYの株式交換が典型例であろう。
ここで、次のような疑問が出てくる。これ以降、じっくり説明する「会社分割制度」を使わずに、企業再編はできるのではないか。「株式交換・移転制度」でも十分「企業のグループ化が行ないやすくなったことによって、国際競争力の向上や企業経営の向上や企業系の効率化が図りやすくなる」わけだから、なぜ会社分割制度などという特別な制度を設けなくてはならないのだろうか?しかし、「株式分割制度」がないとやはり不都合が生じることがある。例えば、次のような場合が考えられる。
例えば、「ミスターホールディングカンパニー」と「みつきよ食品株式会社」・「株式会社カシロマン食品」が、それぞれ完全親子会社関係の会社であるとしよう。そして、図の通り、「みつきよ食品株式会社」・「株式会社カシロマン食品」の営業が2つとも「うどん」を作る会社と「炒飯」を作っている場合、「ミスターホールディングカンパニー」の経営者としては、両方の会社が重複して同種の営業がなされている場合、経営するのには少々「ムダ」である。そこで、仮に「みつきよ食品株式会社」が炒飯を作るのが得意で、「株式会社カシロマン食品」がうどんを作るのが得意な会社であるとすると、やや単純ではあるが、得意な方が「ノウハウ」を持っているわけであり、そちらに営業譲渡をする方が、ミスターホールディングカンパニーとしては、より高い利益を上げることができるわけである。そこで、前述した問題が起きないように営業譲渡がしたいという気持ちが大きくなる。こうした背景のもと、平成12年に商法改正がなされ、それが、「会社分割制度」なのである。
会社分割制度
概要
分割の意義と内容
分割とは、一個の会社が契約によって 分割し、二個以上の会社になることである。分割には、分割により会社を新しく設立し、これに分割する会社の営業または全部を承継させる場合(商法三七三条)と、その一方の営業の全部または一部を他の株式会社に承継させる場合(商法三七四条ノ一六)とがある。前者を「新設分割」、後者を「吸収分割」という。
また、会社の分割には、分割により設立された会社(以下、新設会社)の株式を分割する会社が保有する場合と、新設会社の株式を分割する会社の株主に分配する場合とがある。前者を分社型、後者を分割型の会社分割という。
一部分割型の会社分割
さらに、分割型の会社分割においては、分割の際に発行する新設会社の株式の全てを分割する会社の株主に割り当てる全部分割型と、一部を分割する会社の株主に割り当て、残部を分割する会社に割り当てる一部分割型との二つの類型が考えられる。
「営業の全部」を承継させる分割
商法は、「営業の全部」の承継による会社分割、すなわち、いわゆる「抜け殻方式」による会社分割も認めている。新設分割において、分社型の場合には、分割する会社の営業の全部を新設会社に承継させ、分割する会社は完全持株会社となることが可能となる。一方、吸収分割においては、数社の合併によって設立されたジョイントベンチャー会社の複数の事業部を各出資会社に分割して承継させ、抜け殻となったジョイントベンチャー会社自体は清算することとして、効率的な合併解消を図ることにも利用することができる。
「営業の全部又は一部」の意味
商法は、三七三条、三七四条ノ一六において、分割する会社が「その営業の全部又は一部」を新たに設立する会社に承継させることを規定している。では、この場合の「営業」とは、どのようなものを意味するのであろうか。
この点、商法二四五条一項一号における「営業の全部又は重要なる一部の譲渡」に関して、最高裁大法廷昭和四〇年九月二二日判決は、「商法二四五条一項一号によって特別決議を経ることを必要とする営業の譲渡とは、同法二四条以下にいう営業の譲渡と同一意義であって、営業そのものの全部または重要な一部を譲渡すること、詳言すれば、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産の全部または重要な一部を譲渡して、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度の応じ法律上当然に同法二五条に定める競行避止義務 を負う結果を伴うものをいうものと解するのが相当である。」と判示しており、会社分割における承継の対象としての「営業」も同様に考えるべきと思われる。もっとも、分割する会社が新設会社に対して競業避止義務を負わない場合であっても、会社分割の「営業の全部又は一部」の承継と認めうるものと考えられている。
問題とされる会社分割
債務超過の事業部門の分離
新設分割においては、営業を承継する新設会社が株式を発行することが前提とされているため(商法三七四条第二項二号)、新設会社が承継する営業は、資本充実の原則 から、資産が負債を超えていることが必要となる。というのも、商法三七四条ノ二第一項三号は、新設会社が負担する債務の履行の見込みがないような会社分割を許さない前提と思われるからである。また、吸収分割においても、債務超過の事業部門の分割が許されないと解されること(商法三七四条ノ一八第一項三号)は、新設分割と同様である。すなわち、債務超過となっている事業部門を分離することは会社分割においては想定されていないのである。
分割する会社が債務超過となる会社分割
新設分割において、例えば、分割する会社の資産が十億円、負債が九億円の場合に、A会社が資産四億円、負債二億円を新設会社に承継させ、A会社自身は債務超過になるような会社分割については、許されないと解されている。これは、会社分割にあたっての事前開示書類に、「各会社の負担すべき債務の履行の見込みがあること」および「その理由」を記載した書面が含まれていることから、分割する会社がその負担する債務の履行の見込みがないような会社分割を許さない趣旨と解されるからである。
なお、この点、分社型の場合には、分割する会社が分割により新設会社に承継する純資産額と分割する会社が分割に際して新設会社から割り当てられる株式の価値とが一致することが前提とされるので、分割会社自身が債務超過に陥ることは想定できないとされている。これに対し、分割型の場合には、分割する会社自身が債務超過に陥ることとなり、許されない。これに反して会社分割した場合には、会社分割無効の原因となるおそれがある(商法三七四条ノ一二)。
また、吸収分割においても、新設分割と同様に許されないとかいされる(商法三七四条ノ二八)。
非按分型の会社分割
非按分型の分割とは、分割に際して発行する新設会社の株式を分割する会社の株主の一部に対してのみ割り当てる会社分割である。
株主平等の原則 に照らせば、非按分型の会社分割については、分割計画書の承認に分割する会社の総株主の同意を要すると解される。分割計画書の承認には株主総会の特別決議を要し、反対株主には株式買取請求権が認められているが、それは会社分割という重大な組織変更行為に対する株主の保護制度であって、株主平等原則違反の瑕疵を排除するための制度とは解されないからである。この場合、総株主の同意を経ないで行なった非按分型の会社分割は、会社分割無効の原因があるとされるおそれがある。このことは、新設分割、吸収分割ともに当てはまり、分割する会社の株主総会において総株主の同意を得られない限り、株主平等の原則に抵触するものとして許されないものと考えるべきである。
会社との利害関係人の保護
はじめに
会社法という法律の特徴として、「登場人物」の多さを挙げることができる。例えば、民法では当事者と、第三者が出てくる程度で、それ以上の役割を持った人物たちが登場するということはないであろう。しかし、会社法の中に規定されている株式会社の場合は、株主が出資をして「営利社団法人」として存在している(商法五二条)。それが故に、登場人物の人数も増える。すなわち、株主・会社債権者・労働者・取引先の相手・一般消費者が登場し、会社はそれぞれの利益衡量というのを考えなければならない。
これまで見てきたとおり、会社分割制度は、株主総会の特別決議を経れば(商法三七四条第四項・同法三七四条ノ一七第四項)、会社側が自由に「会社分割」を行うことができる。しかし、会社には先程も述べたように多くの人間の利害関係が存在する。したがって、右に挙げた人たちの権利を保護する制度を整えなければならないのは当然と言えよう。以下、特に重要な立場にある人、つまり株主、会社債権者及び労働者の順を追って、その問題を立法的にどのように解決していっているのか、あるいは今後問題を解決しなければならないのかを見ていくことにしたい。
株主の保護
株主は、新設分割であっても吸収分割の時であっても次の二つの権利を行使することができる。
商法三七四条ノ三(新設分割)又は商法三七四条ノ三一第五項(吸収分割)で、「株式買取請求権」を認めている。これは、新設分割又は吸収分割を承認する株主総会が開かれる前に、会社に対して書面で分割反対の意思を通知し、かつ総会で承認に反対する旨を明示すれば、会社に対して株式を公正な価格で買い取るように請求することができる制度である。
次に、無効そのものが無効であるということを裁判所に対して訴え、すなわち「分割無効の訴え」(商法三七四条ノ一二第一項第二項・商法三七四条ノ二八第一項・三項)である。これは、分割の日から六ヶ月以内に訴えを提起することができ、これも株主の地位を保護した規定であるということができよう。
会社債権者
会社分割の手続上、新設分割の場合は商法三七四条ノ四第一項に、吸収分割の場合は商法三七四条ノ二〇に規定されている。株主の保護の場合は、新設分割も吸収分割も制度上、さほどの違いはないが、債権者保護については違いがある。
新設分割の場合、原則として、分割会社は、株主総会において会社分割承認の決議が為された日より二週間以内に、分割の異議があれば一ヵ月以上の期間内に異議の申し出をするべき旨を官報に公告し、かつ知れたる債権者には各別に異議申出を催告することが必要である。しかし例外もある。それは、「新設分割分社型」の場合であって、分割後も分割会社に対してその債権の弁済を請求することができる債権者には、会社側は債権者保護手続をとる必要はないとされている。なぜなら、分割会社の減少分に見合う新設会社の株式が分割会社に割り当てられるため、債権者にとってその決定を受けるための担保となる財産には変動が生じないためである。今後、実務で議論されることになる問題としては、分割会社と新設会社が連帯して債務を負っている場合に果たして債権者保護手続を取る必要が生じるかという問題がある。立法上、右のような場合の債権者保護手続の例外規定は設けられていない。なぜなら、たとえ連帯して債務を負っている場合であっても、債権者にとっては債権の回収には手間がかかるために、法律は債権者保護手続規定を設けなかったのであると説明される。しかし、債権者は分割会社・新設会社にいずれに対しても請求でき、その債権の満足を受けるための担保となる財産に変動はないため、例外として債権者保護手続を踏む必要はないという説も登場している。今後、この部分の改正が行なわれる可能性は否定できない。
債権者保護手続の規定の効果は、債権者が期間内に異議を述べなければ、会社分割は承認されたものとみなされる(商法三七四条ノ四第一項)。そして、債権者が異議を述べたとき、分割会社は分割を行なっても当該債権者を害するおそれがない場合を除き、「債務の弁済を行う」か「相当の担保を提供する」か「相手の財産を弁済の目的のために信託する」かのいずれかを履行しなければならない。また、分割を承認しなかった債権者は、株主と同様、分割無効の訴えを提起することができる。
次に、吸収分割における債権者保護手続についての問題である。基本的には新設分割と変わりない。ただ、主体が分割会社と承継会社の二種類の会社ともが同じような手続を踏まなければならない。これは、二種類の会社とも、現存する会社であるため、当然と言える。問題は例外規定である。「吸収分割分社型」については、「新設分割分社型」と同様ではあるが、もう一つの例外が、新設分割の「原則」とは異なる。すなわち、新設分割では、「株主総会において会社分割承認の決議が為された日より二週間以内に、分割の異議があれば一ヵ月以上の期間内に異議の申し出をするべき旨を官報に公告し、かつ知れたる債権者には各別に異議申出を催告することが必要」であったが、吸収分割の場合は、「承継会社が異議申立の公告を官報のほか、定款で公告をする方法として定めた、時事に関する事項を掲載する日刊新聞紙に掲げて催告をする場合」は、債権者に対する個別的な催告は不要であるとしている。つまり、必ず「官報」に記載しなければならないとする「新設分割」の時とは異なる。これは、合併時における債権者保護手続と比較し、法的効果の均衡を守るためであるという点をあげる説が多数である。吸収分割における債権者保護の効果は、新設分割時のものと同じである。
労働者
緒説
労働者は、会社との間で「労働契約」を締結することによって、会社で働く。そこで、労働者と会社使用者との間に生じている権利義務関係は、新設会社(承継会社)に承継されるのかが問題となる。
権利義務関係の承継は、「分割計画(契約)書」に記載されているか否かで決まる。したがって、使用者の恣意的な意思のみで労働者の承継範囲が決定されることも十二分にあり得る 。それに対して、民法六二五条一項を類推解釈し、「使用者が労働契約を譲渡する場合に、労働者の同意を必要とする」のであるから、労働契約承継も労働者の同意が必要であるということもでき、労働契約承継問題が起こったときに、法的な安定性がない状態が起こる。
立法者はその事態を考え、「会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(以下、「承継法」とする)」が制定された。この法律は、「労働者への事前通知」「労働契約の承継」「労働協約の承継」について述べられている。以下、この順番で述べていくことによって、労使関係の権利義務関係の承継問題を立法によってどのように克服しようとしているのかを見ていくことにする。
「労働者への事前通知」について
分割会社は労働者に対して、主に労働契約の承継に関する異議を述べる機会を与える目的で、右の株主総会の二週間前までに、「一定の労働者」に対して転籍 ・異動を書面で通知しなければならないとされている(承継法二条)。ここで問題になるのは、「一定」とはどのような範囲を指すのであろうか。それは、同条一号及び二号に記載されている。すなわち、「会社分割によって新設会社等に承継される営業に主として従事していた労働者(A)」と、「分割計画書等に分割会社との間で締結されている労働契約を新設会社等が承継する旨の記載がある労働者(B)」である。このうち、「(A)かつ(B)」の条件を満たす者、「(A)」の条件を満たす者、「(B)」の条件を満たす者は、いずれも「通知」が必要とされる。次に、労働契約の承継の効果についてみていくことにする。
「労働契約の承継」について(承継法三条・五条)
「主に承継部門の従事者(Aの条件を満たす)で、分割計画書等に記載のある場合・ない場合(Bに当てはまるか否か)」という場合と、「その他の労働者(Aの条件を満たさない)で、分割計画書等に記載のある場合・ない場合(Bに当てはまるか否か)」の場合の分析を行なっていくことにする。
前者のうち、分割計画書等に記載のある場合は、分割の効力が発生した時点で、当然に新設会社等へ転籍される。これは、分割計画書等の効果が尊重されたものである。分割計画書等に記載のない場合については、労働者は、労働契約が新設会社等へ承継されないことに対しての拒否権を行使することができる。会社分割の効力は、分割計画書等に記載された範囲で発生するものであるが、この場合は、分割計画書等には記載がない労働者を対象に、労働者の保護を図ったものである。なお、労働者が労働契約が承継されないことについて異議を述べなかった場合は、労働契約は当然に分割会社に留まる。
次に後者の場合を見ていきたい。このうち、分割計画書等に記載のある労働者は、労働契約が承継することについての拒否権を行使することができる。分割計画書等に記載のない場合については、仮に労働者が新設会社等への転籍を希望しても、その労働契約は承継されない。この場合、労働者に対しての通知義務はないことから、労働者が「新設会社等に転籍したい」と思っていても、会社側が「この部門で働いているのだから、残留させたい」と反対の意思表示を行なった場合、トラブルが起こる可能性は否定できない。この点、争いが長期化しそうな場合は暫定的に出向 させたり、商法上の事業協議において、積極的に話し合う姿勢を企業は持つべきであるという以外、今のところ解決方法はない。
「労働協約の承継」について
「労働協約」とは、労働組合法一四条の規定に基づき、労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する協定のことであり、その協定は書面によって作成され、両当事者が署名又は記名押印をしたものである。
会社分割が行なわれた場合、承継法六条第一項により、労働協約についても、分割計画書等に記載することによって新設会社等へ承継できることが明確にされた。労働協約に定められている組合員の範囲、ショップ条項 、団体交渉及び労使協議のルール、組合事務所その他の便宜供与、組合専従者等の債務的部分については、分割会社と労働組合との合意に基づき、分割計画書等に記載された時に限って、新設会社等への承継が認められる。
また、労働契約が新設会社等に承継される場合は、労働協約の承継については労働協約の承継についての記載が分割計画書等に記載がなくても、新設会社等労働組合との間で当該労働協約と同一の労働協約が締結されているものとみなされる。
会社分割制度創設に至るまでの立法過程
法務省法制審議会が「企業分割」手続導入のための商法改正論議開始
(2001年通常国会提出方針) |
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経団連による「産業競争力会議に対する提言案」 (=会社分割法の整備を求める)
政府・与党協議会「遅くとも次期国会で」の方針を示す |
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産業競争力会議に対して経団連の報告
会社分割法制創設・分社化法制整備要請 |
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政府が「緊急雇用産業競争力強化対策」
会社分割につき法整備急ぐことを明記 |
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法務省が「会社分割制度導入のための商法改正試案」まとめる | |
法制審議会商法部会社法相委員会で検討開始 | |
連合「企業組織変更に伴う労働者保護法」(仮称)
民主・社民に議員立法働きかけ |
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法制審議会商法部商法一部改正要綱案提示 (2001年からの施行を目指す) | |
労働省労働局私的懇談会 「企業組織変更に関わる労働関係法制研究会」
会社の分割・合併などに伴う雇用労働協約のあり方について検討開始 |
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民主党「労働者保護法案」提出法制審議会「商法改正要綱案」を了承 (臼井日出男法相へ答申)
来年施行めざし、国会提出 |
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「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」閣議決定 | |
民主党「企業組織再編に伴う労働保護法案」提出決定 | |
(名古屋少年5000万円恐喝事件問題化) | |
自民党・国会提出法案絞込み (民主党と協議)
少年法改正今国会成立方針 (商法改正案先送りも視野) |
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株価急落 (前週のアメリカ株急落と日経平均採用銘柄入れ替え) | |
自民党国会運営につき商法改正案(会社分割)審議優先 | |
国会「商法改正案」「労働契約承継法」審議入り | |
自民党「会社分割優先方針確認」 | |
民主党が政府・与党側に修正案提示 | |
自民党対案提示
「与党+民主党」大筋合意 |
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与党+民主党+自由党
「商法改正案」共同修正の上、衆議院法務委員会提出 |
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民主党労働契約承継法につき与党側と修正協議に応ずる | |
参議院本会議「商法改正案」「労働契約承継法」
与党三党・民主・自由党の賛成多数で可決 |