お手次寺で聞法したお話 – 亡くなった人を偲びながらこれをご縁とし阿弥陀の教えに出遇う

平成29年(西暦2017年)9月10日(日)、この日は岐阜県羽島市にある竹鼻別院の人生講座で「お念仏の心~金子みすゞのまなざし~」と題した法話に歌手でシンガーソングライターのちひろさんをおむかえした講座が開催されましたが、そののちにお手次寺で永代経が行われるとのことでお参りに伺いました。

ここのご住職の法話は、ボクの知り合いの門徒信者ではない方からもかなり好評で、ボク自身も毎回とても楽しみにしているのですが、永代経の意味や先祖供養をスタートラインとして亡くなった人をとおして仏様のみ教えに出遇っていきましょうというお話をしていただきました。

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先祖供養は確かに大切なことで、それは私が亡くなった人たちに対してやってあげているものです。しかし、悪人である私たちが仏さまの願いの中で生かされていることを知るべきであって、「自灯明 法灯明」つまり阿弥陀の教えを大切にして、自分で考えて自分を大切にする生き方を確認するために聞法(もんぽう)があり、亡くなった人を偲びながらこれをご縁とし阿弥陀の教えに出遇い自分を振り返るのが門徒にとっての永代経のあるべき姿であると説かれました。

正信偈(しょうしんげ)の中にも次のように書かれています。

貪 愛 瞋 憎 之 雲 霧

  • 「貪愛」…もっと愛して!(愛は時として憎しみに変わる)
  • 「瞋」…怒り
  • 「憎」…憎しみ

の心、もっと簡単に言えば「自分がかわいい」という煩悩が私たちを雲のように覆い、自分中心に生きている私たちから大事なことを見えなくさせているのが現実だといえるでしょう。

しかし、このような私たちを常に見守ってくださるのが仏さまで、これに救われていることに私たちは気づかなければなりません。そして見守ってくださっていることへの感謝の気持ちをもって一生懸命生きていく。「仏さまの願い」と「私の仏さまへの思い」が一つ(「一心」「一念」)で、自ずと「南無阿弥陀仏」とお念仏を唱えられることが門徒の生き方なのだということを説かれました。

南 無 阿 弥 陀 仏

  • 南無…大切にする
  • 阿弥陀…アミターバ(光)と「アミターユス(寿(命))」の意味
    • アミターバ…阿弥陀仏の智慧のかがやき、何ものをも照らし出す智慧のはたらき
    • アミターユス…時間を越えてはたらく阿弥陀仏の限りない慈悲
  • 仏…真実のこと。真実は目に見えないのでそれを具体化したのがご本尊

というのが「南無阿弥陀仏」の意味なのだそうです。

正信偈には次のような言葉があります。「往生要集」で有名な源信(げんしん)僧都(そうず)のお言葉です。

極 重 悪 人 唯 称 仏

  • 「極重悪人」とは、阿弥陀の本願があるにもかかわらず自分勝手に生きてしまう私たちのこと
  • 「唯」とはただ
  • 「称」とは唱えること
  • 「仏」とはここではお念仏の「ナムアミダブツ」という意味

「極重の悪人は、ただただ阿弥陀仏のみ名を称(とな)えなさい」ということを源信僧都は説かれています。おそらく多くの人は自分のことは「極重の悪人」だとは思っていませんがそれは違うんですね。人殺しのような犯罪をやった人、道徳的に責められる人のことだけを指す言葉ではありません。ついつい自分のことを祈ってしまう、実は「自分がかわいい」と思っているのにそれを自覚できない人、このような人も「極重の悪人」です。このような凡夫(ぼんぶ)は、早く自分へのこだわりから離れて思い上がりを捨てて、ただ素直に「南無阿弥陀仏」を称(とな)えるしかないと源信僧都は説かれています。

ひじょうに難しいですね。だからこそ何度も「聞法」しないと分からないし、親鸞聖人ですら阿弥陀仏の本願と私たちの現実の食い違いを直視してお苦しみになられているのですから、親鸞聖人のような賢者ではない私たちこそ何度も繰り返して阿弥陀仏の教えを聞いていきたいものです。

難しいお話でしたが、素晴らしいご縁を結ぶことができました。

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