2008.09.26 釜山旅行(1日目)

旅の始まり

平成20年(西暦2008年)9月26日の早朝、私は岐阜にいた。午前6時3分発の中部国際空港駅行きの全車指定の快速特急に乗り込むために、午前5時50分頃には名鉄岐阜駅にいた。車種は2200系「ミュースカイ」である。

その前に午前5時59分発の知多半田駅行き普通列車が4番線に停車しているところを発見し、まずはそれをカメラに収めた。

スポンサーリンク

2008年12月に通常運転から離脱したパノラマカー

その後、1番線に止まっていたミュースカイに乗車。中部国際空港に遊びに行ったりミュースカイ2200系に乗るために乗車したことはあったが、実際に飛行機を利用するために2200系に乗るのは初めてのことであった。各車両の前後にある荷物置き場のありがたみがよく分かる。パノラマスーパーの1000系や1200系にはない個性である。

さて、私は「快速特急」(註: 2008年12月27日ダイヤ改正以前の呼称。現在は「ミュースカイ」という種別名になっている)の「中部国際空港駅」に乗って中部国際空港に向かった。

 

駅名 時刻
名鉄岐阜駅 6:03発
名鉄一宮駅 6:12着
6:13発
国府宮駅 6:17着・発
名鉄名古屋駅 6:28着
6:30発
金山駅 6:33着
6:34発
神宮前駅 6:36着
6:37発
中部国際空港駅 7:02着

 

荷物置き場にスーツケースを置き、シートに座った。2200系のシートはパノラマスーパーの1000系などと比較するとシートが固いが、お尻がめり込まないので、それはそれで楽である。各シートには、ミューチケット(座席指定券)を差し込むフォルダがある。車掌が検札に来ても、わざわざミューチケットを自分で見せなくてもこのフォルダに差し込んでおけば日付や座席を車掌が確かめることができるというカラクリである。乗客のニーズを考えた作りになっている。

さて、列車は定刻の午前6時3分に列車は名鉄岐阜駅を出発。岐阜からの電車旅を楽しんだ。プラットホームと出入り口には段差が少なく、スーツケースを押しながら乗車することの多い「ミュースカイ」は、なるほど旅行者にとっては使い勝手のよい機能的に素晴らしい車両であった。

終着駅の中部国際空港駅は中部国際空港とホームでつながっている。広めの自動改札口をくぐるともうすでにそこには空港が広がっている。中部国際空港は愛知万博のあった2005年に開港されたまだ新しい空港である。もちろん、関西国際空港や成田空港と同様、第一種空港である。中部国際空港は北ウイング(国内線)、南ウイング(国際線)が配置された折り鶴をイメージしたT字形の構成となっており、旅客の移動距離の短さが特長である。

また、中部国際空港は商業施設が充実している。普段名鉄を利用していると、駅の構内で見るイベント告知のチラシや電車内の中吊り広告をよく見る。飛行機を実際に利用するお客さんもさることながら、空港を一種のアミューズメントテーマパークのように見立てて、銭湯が利用できたりブランド店などの免税店はもちろんだが、「名古屋メシ」をはじめとした中部地方の玄関口のような位置づけで岐阜や三重のものを売っている。わざわざ、名古屋から特急に乗って片道850円(ミュースカイに乗るとこれにプラス350円)もかけて空港で買い物をするかといえばそれには疑問符をつけざるを得ないが、子供に人気の「ポケモン」の映画と名鉄がタイアップして鉄道スタンプラリーをやって中部国際空港に来てもらえるような仕掛けを作るなど、いろいろな営業努力を行っているようである。

一方で、中部国際空港の便の数は、原油の高騰や旅客数の減少などが理由で減少傾向にあるのだという。「中部国際空港-釜山」間も2008年10月25日を以って廃止された。2008年7月11日付の「中日新聞」の記事を読んでこのニュースを知った。「中部空港発着の国際便をめぐっては、米ユナイテッド航空がサンフランシスコ便 (週7便)を10月25日に廃止すると公表。豪カンタス航空傘下のジェットスター航空もケアンズ便(週5便)を12月で廃止する」そうで、利用者が減っているという切実な問題があるようだ。地元の人間として、中部国際空港を心配する気持ちはやはり大きい。

さて、私は空港内にある喫茶店で「名古屋式モーニング」を食した。小倉トーストにサラダにゆでたまごにコーヒーというスタンダードなものである。釜山に向かう飛行機は午前9時30分中部国際空港発のJAL987便。午前7時30分頃には空港に到着していたので、出国手続き・搭乗手続きまでにはかなりの時間があった。私は旅行には必ず本を数冊携行するようにしている。旅行は日常生活を離れられる絶好のチャンスだし、ましてや海外ということで移動時間も長い。本を読むにはもってこいの環境である。携行したのは全部で3冊。

  1. 副島 隆彦・山口 宏「新版 法律学の正体」 (単行本)
  2. 山本 浩司「なるほど会社法」 (単行本)
  3. 「トラベルストーリー7 釜山・慶州・済州島」

今回は長時間の移動時間を味わうことも楽しみにしているので、携行すると決めた本は比較的軽い本でまだ読んだことのないものを選択した。副島 隆彦・山口 宏「新版 法律学の正体」という本は、ブックオフで本を物色していたときに偶然であった本で、何となく面白そうだったので購入したもの。2番目の「なるほど会社法」は、薄い上に分かりやすく「会社法」が分かる本で、勉強しなおそうと考えて携行した本である。3冊目の「トラベルストーリー7 釜山・慶州・済州島」は、旅行を楽しむために購入した旅行ガイドブックである。釜山の細かいところを解説してくれているのはもちろんだが、地図が充実していたので購入した本である。私が乗るJAL987便は中部国際空港を午前9時30分に出発するので、出国手続きまでの1時間ほどを本を読んで過ごした。

中部国際空港の出国手続きから搭乗手続きまでの順路は分かりやすいものになっている。迷うことなく手続きを済ませることができた。

そして午前9時30分過ぎ…。飛行機は何事もなく離陸。日本を離れ、韓国に向かった。

韓国・釜山の金海国際空港 (Gimhae International Airport)に到着したのは午前11時5分頃。つまり、所要時間は1時間30分ほどである。国際線としては非常に短時間である。それだけ名古屋と釜山は近いということを意味している。

この間は、釜山市内での予定を立てるために、「トラベルストーリー7 釜山・慶州・済州島」を読んだ。旅行プランを作る際、通常私は歴史が学べるプランを立てる。釜山の歴史を感じるにはどうしたらよいのかを考えながら予定を作った。

そうこうしているうちに、JAL987便は予定時刻通り、金海国際空港 (Gimhae International Airport)に到着した。この空港は1976年に開港した官民共用の国際空港で、2007年11月に新しいターミナルがオープンしたのだという。Wikipediaによれば、「国際線と国内線が同じターミナルで乗り換えできる韓国最大の空港」として売り込んでいるのだと言う。韓国の首都・ソウルでは仁川国際空港が開港した関係で、国際線と国内線が同一ターミナルでなくなったことがそのきっかけなのだそうだ。しかし、空港に接続する軌道公共交通機関はまだなく、2011年に開通する予定なのだという。まだこれから発展する空港のようだ。

金海国際空港から釜山市内へとバスで移動した。ついに旅の始まりである。

釜山で感じた日本の歴史

釜山市内に着く頃には、ちょうどお昼ご飯を食べるのにはちょうどよい時間になった。早速韓国料理屋さんに入って韓国料理を食した。

韓国料理の代表格の一つ、ビビンバを食す

食べたのはビビンバ。焼肉屋さんのご飯ものメニューから日本ではブレイクしたそうである。「ビビンバ」とは、「ピビ」が「混ぜる」で「パ」が「飯」ということのようで、日本語で言えば「混ぜご飯」ということのようだ。やはりニンニクやキムチの唐辛子の香りが店内に漂っていた。

ところで、「キムチ」といえばあの唐辛子の辛いあの味を思い浮かべる人が多いが、実はその唐辛子は日本から伝わってきたものだということを知っている人は少ないように思う。恥ずかしい話ではあるが、この韓国・釜山旅行でその話をはじめて知った。朝鮮半島へ伝来したのは、豊臣秀吉による「朝鮮出兵」の時だという説や江戸時代の幕府の朝鮮通信使が日本から持ち帰ったという説などさまざまあるのだが、いずれにせよ、「キムチ」という韓国を象徴する料理に欠くことのできないものが実は日本から伝来したものだということを知って、私は驚いた。

韓国料理を食した後は、釜山市内を観光。

釜山港から釜山市内の風景を撮った写真が下のものである。

釜山港から撮影した釜山市内の様子

釜山港は、韓国で日本に最も近い都市であるとも言われている。実際に帰国後にgoogle mapで調べてみると一目瞭然である。逆に韓国に最も近い場所といわれている対馬列島との距離は100kmもないそうで、日本から見ると釜山は韓国の玄関口であるとも言える。

朝鮮戦争後の「のみの市」から始まったという「国際市場」という市場に行くと、ベビースターラーメンやキャベツ太郎やうまい棒といった日本の駄菓子もたくさん並んでいたぐらいである。

交通の便のよい場所というのは様々な交易が行われるので都市が発展する傾向がある一方で、その土地の様々な利権を狙うべく時の権力者が争いを起こし、戦乱の場所になる傾向が強いという別の一面を持つのが交易都市の宿命であるともいえよう。日本によって釜山が被害を受けた例として、「文禄・慶長の役」がある。周知の通り、豊臣秀吉が明や天竺(インド)へ攻め入る際にその通り道となった朝鮮半島へ出兵した事件で、日本では「朝鮮出兵」という呼称で歴史の教科書にも登場する事件である。韓国では、「文禄の役」のことを「壬辰倭乱」と呼び、「慶長の役」のことを「丁酉倭乱」と呼ぶそうである。日本軍が朝鮮半島に最初に上陸した場所こそが釜山であった。この日本軍の侵攻に対して立ち向かったというのが李舜臣である。日本の水軍を打ち破り、日本軍の弱体化を図った功績で、韓国では「侵略から守ったスーパーヒーロー」として非常に人気の高い人物なのだそうだ。

その李舜臣は、釜山市内の高台にある「竜頭山公園」という公園に、東シナ海を向いた李舜臣の銅像が立っている。

韓国の英雄、李舜臣と釜山タワー

上の写真が実際に「竜頭山公園」に行って携帯電話で撮影した銅像である。銅像の後ろにそびえ立つ大きなタワーが釜山タワーで、ここからは釜山市内が眺望できる。晴れた日には、対岸の対馬列島もこのタワーから見えるそうである。

ところで、「竜頭山公園」が高台にあることは前述したとおりだが、標高180mある山の形がまるで海から陸地に上がって来る竜の頭のように見えるところから「竜頭山」という名前が付いたそうである。

釜山は日本の交易に今もなお大きな影響を及ぼしている。距離も非常に近い。しかしそれについてここを訪れるまでは考えたことがなかった。1つ1つの知識は高校の歴史の時間に勉強することがほとんどであるが、その知識を身体で感じられたのは自分にとって意義深いことであった。

その後、南浦洞(ナンポドン)という地区にある「釜山国際映画祭」が開催される「PIFF (Pusan International Film Festival)広場」に立ち寄った。ここには著名な映画監督や俳優などの手形が道路にはめこまれていた。日本を代表する映画監督の一人といえば、北野武監督。北野監督の手形もあったので写真を撮った。

釜山で見たビートたけしのサイン

代表的な釜山の観光地を回った後にたどり着いたのが、釜山市内でも高級ホテルだと言われているらしい「ロッテホテル」である。摩天楼のような超高層ホテルらしく、屋内外プールやサウナ・エステは当たり前で、南国情緒を味わえるレストラン、スカッシュ、カジノなど、ホテルにいるだけでも楽しめるようなところのようだ。ホテルの隣にはロッテグループの百貨店や免税店もあり、買い物なども楽しめるところのようである。

スポンサーリンク


なかなかのロケーションで近くでは「ロッテ百貨店」にある免税店で買い物も楽しめるようであった。夜はホテルのテレビでサッカーのイングランド・プレミアリーグや韓国野球を見て楽しんで、翌日に備えて眠りについた。

Follow me!

スペイン法入門講義

加代昌広研究所は、日本の制度に多く言及しながらスペイン法の基本を日本語で学べる稀有なコンテンツ「スペイン法入門講座」を提供しています。

このようなことが分かります!

  • 日本の天皇の皇位継承とスペインの国王の王位継承とはどのように違うか?

  • 日本とスペインの首班指名のプロセスにはどのような違いがあるのでしょうか?

  • 日本とスペインとで憲法に違反した法令や条約の審査の方法にはどのような違いがあるのでしょうか?

  • 日本とスペインとで地方自治制度にはどのような違いがあるのでしょうか?


ぜひ一度ご覧ください。