ガリシア自治州ウィークに行ってきました!

万博も残り1ヶ月を切りました。ぼくは今日で12回目のスペイン・パビリオン訪問となります。今回は「ガリシア自治州ウィーク」です。

ガリシア自治州

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ガリシア自治州は、イベリア半島北西の一角をしめ、ラ・コルーニャ、ポンテベドラ、ルゴ、オレンセの4県からなります。同地方は、内陸の一部を除いて、豊かな緑におおわれ、起伏のある風景が大部分を占めます。「乾いた大地」というイメージを持ちがちなスペインですが、それとは異なる景色のようです。ガリシア人はケルト民族の血をひき、その習慣を多く受けついでいます。フラメンコとは無縁の民族舞踊やバグパイプを使う民族音楽もその一つの現われです。ガリシア人の性格は開放的で、すべてを自然のままにまかせるという生き方が一般的なようです。

ガリシア自治州では、カスティーリャ語(スペイン語)以外に、「ガリシア語」と呼ばれる言語を話します。「ガリシア語」について詳しく勉強したことはありませんが、一般的に「ポルトガル語」とよく似ている言語であると言われています。

そして、忘れてならないのは、「カミーノ・デ・コンポステーラ」の存在です。日本語では、「スペイン巡礼の道」として知られています。「スペイン巡礼の道」は、さまざまなコースがありますが、代表的なものは、フランス・ブルゴーニュ地方ベズレーの街から、険しいピレネー山脈を越え、バスク地方をこえ、キリスト12使徒の一人聖ヤコブの眠るスペイン西端の街、サンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう、だいたい800キロぐらいある「巡礼の道」です。最近は、「宗教色」も薄まり、スポーツ感覚でこの「道」を歩くという人が増えているそうです。

テレビでも放映されていました。ぼくの記憶に新しくて印象深いものとしては、TBS系の人気番組「世界ふしぎ発見!」の第828回「知らざれる北スペイン 奥の細道 カミーノ・デ・サンティアゴ」(2003/06/07 ON AIR)です。「巡礼の道」といっても、「エルサレムの巡礼の道」しか知らなかったというミステリーハンターの末吉里花さんが、世界的にも大ヒットした「星の巡礼」の作者であるパウロ・コエーリョさんに会ったり、実際に「巡礼の道」を歩いたりして、道を歩くことでいろんなことを吸収したようでした。

  • 「カミーノ(道)で出会うのは、人と自然だけ。するといつもは当たり前に感じていることも、嬉しく思えたり、感謝できたりします。」(末吉さん)
  • 「カミーノ(道)の途中では、次々と表情を変える豊かな自然や、私たちにも馴染みのあるファッション発祥の地など、意外な発見がいっぱいです。」(末吉さん)
  • 「カミーノ(道)は人生の縮図」(14回道を歩いているというホセさんの話)
  • 「もし途中ですごく苦しくなったら、どうすればいいですか?」「それは声に出して助けを求めること」 (パウロ・コエーリョさん)
  • 「(カミーノを歩くと) シンプルに生きられるようになるよ」 (パウロ・コエーリョさん)

など、放送を通して、いろんな人のメッセージを聞くことができましたが、スペイン・パビリオンの副館長にまで「カミーノ・デ・コンポステーラ」はいいよ、とまで言われたし、一度歩いてみたいなぁと思います。「人生観が変わる」とまで言われましたが、それは如何に…。

カミーノについては、ブラジル人作家のパウロ・コエーリョ著の「星の巡礼」のほかにも、檀ふみの「サンティアゴ巡礼の道」など、多くの書籍が刊行されているほか、個人ウェブサイトに旅行記を書いている人も多いようです。

ガリシア自治州のビデオ放映

こういったスペインでも個性的な地域として位置づけてもよい「ガリシア自治州」なので、「自治州ウィーク」も、先の「カミーノ・デ・コンポステーラ」のPRも含めて、かなり派手にやってくれるのではないかと期待しておりました。ところが、ぼくを待っていたのは、ガリシア自治州政府が作成した「巡礼「サンティアゴの道」」という冊子1冊とプラザで放映されているビデオだけでした。この冊子は、とてもよくできた冊子で、スペイン巡礼の道について大変丁寧な解説が施されていて立派なのですが、もう少し派手なものを期待していたぼくとしては少しガッカリでした。ガリシア自治州には、ケルト民族が行うお祭りが残っており、きっとプラザでコンサートでもやってくれるんだろうと期待していたからです。

ところが、スペイン・パビリオンの関係者によると、冊子1冊だけになってしまった理由があるとのことなのです。ガリシア自治州議会の選挙があり、与野党が逆転してしまい、自治州ウィークにかけられる時間がなくなり、さらに新与党の方針で、多くのイベントやプレゼントを用意していたにもかかわらず、それらが中止になってしまったというのです。

ここで、ガリシア自治州議会選挙及びガリシア自治州首班指名選挙にいたるプロセスをまとめてみました。

日付 できごと
2005/04/21 ガリシア州政府のフラガ首相(PP: 国民党)は、任期満了後の10月に実施予定だった州選挙を前倒しして6月19日に実施する意向を固める。フラガ首相は、「ガリシア州政策とガリシア州政府においてサパテロ政権との間に“軋轢”があるためだ」と述べているが、真相は定かではない。
2005/04/25 「ガリシア自治州議会解散令」発布
2005/06/03 「ガリシア自治州議会選挙」選挙戦開始
国民党は、サンティアゴ・デ・コンポステーラ市のホテルで恒例のポスター貼りのイベントを行って選挙戦をスタート。対する野党のPSdeC (ガリシア社会党)も同市で選挙戦をスタート。フラガ氏の5選目はなるか!?がポイントとなる選挙戦。
2005/06/19 「ガリシア自治州議会選挙」
開票の結果、PP(国民党)の劣勢が伝えられる中、PP(国民党)が35議席(全75議席中)を獲得する大健闘を見せる。PSdeC (ガリシア社会党)が25議席獲得。BNG(ガリシア民族党)が13議席を獲得。まだ開票の終わっていない在外者投票の如何によっては結果が左右される状況。
2005/06/27 「ガリシア自治州議会選挙」の在外投票の開票開始
PP (国民党)が過半数を獲得できないことが確実となった。最終結果は、PPが37議席、PSdeC (ガリシア社会党)が25議席。BNG (ガリシア民族党)が13議席の獲得。PP (国民党)政権は15年間続いていたが、ついにその座を明け渡すことになる。
2005/07/18 「ガリシア自治州議会にて議長選出」
PSdeC (ガリシア社会党)に所属するドロレス・ビジャリノ氏が、ガリシア自治州議会議長に就任。1981年に始まったガリシア自治州議会の歴史で、初の女性議長が就任する。
2005/07/29 「ガリシア自治州議会にて首班指名選挙」
PSdeC (ガリシア社会党)25票とPSdeC (ガリシア社会党)13票の合計38票を得て、対立候補のマヌエル・フラガ前州知事の37票を抑え自治州首相に選ばれる。
2005/08/02 「ガリシア自治州首相任命式」
エミリオ・ペレス・トゥリーニョ・ガリシア州知事がガリシア自治州議会にて任命式。その後、オブラドイロ広場に場所を移し同知事は初心演説を行うう。これには、ガリシア州元首相のヘラルド・フェルナンデス・アルボル氏、フェルナンド・ゴンサレス・ラシェ氏、マヌエル・フラガ氏も出席した。
2005/08/29-2005/09/03 日本国際博覧会スペイン・パビリオン「ガリシア自治州ウィーク」
(2005/10/下旬) (首相の任期満了に合わせてガリシア自治州選挙予定であった…)

 

かつてポスト・フランコと呼ばれていたフラガ氏が、ガリシア自治州のPP (国民党)を率いて選挙で負けてしまったということです。ガリシアは、PPの強い土地柄であると言われているのに、今回選挙で惜敗してしまったのです。選挙で負けた原因については調査しておりません(ここが肝心なんですがね…)。

最後に、「愛知万博」という「環境」をテーマにした万博なので、ガリシア自治州で起こったショッキングな出来事を紹介してレポートを終わりにします。知っている方もいるかと思いますが、2002年11月16日にガリシア地方沖を航行中の重油輸送タンカーの「プレステージ号」が悪天候のため難破し、船体から重油が流出し始めた。タンカーが積載していた重油は7万7000トン。海岸線への影響を軽減しようと沖合に牽引途中の11月19日、船は沈没、また2分裂した船体から大量の重油が流れ出してしまいました。どれだけ流れ出したのかは詳しくは分からないものの、その量は推定で20000トンを超えるとも言われています。

六角形のプレートを使ってスペインの食材の説明

ガリシアはスペイン国内でも漁獲量の多い地域であり、魚の質もとても高く量もたくさん獲れます。聞くところによると、日本もガリシア地方で獲れた魚介類を輸入していると聞きます。ところが、スペイン料理の原料を生み出している海が重油によって汚れてしまっています。重油事故は隣国のポルトガルやフランスにも広がっています。これらの重油の除去のために、ボランティアが毎日何千人、何万人と参加していたようです。この事件は2002年に起こった事件ですが、2005年になった今でもその爪痕は残っているようです。地球環境を守り、自然と共生するっていうことの大切さを否が応でも感じさせられる事件です。

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ということで、ガリシア自治州ウィークでした。

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