ビクトリア号が名古屋港ガーデンふ頭に就航!

今日ぼくが訪れているのは愛知万博の会場ではありません。今日(2005/06/12)は名古屋港ガーデン埠頭に来ています。その理由は、2005年6月7日から8月5日にかけて、「洋上のスペイン・パビリオン」とも呼ぶべき「ビクトリア号」が名古屋港に寄港しており、それを見に行くためです。

ビクトリア号が名古屋に就航した!

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名古屋の前にも、東京港に4月29日に入港し、5月10日から31日まで東京お台場で一般公開を行った後に名古屋に移動。6月4日に名古屋港に入港したというわけです。地元有力紙「中日新聞夕刊」では、名古屋港入港を、


十六世紀に初めて世界一周を果たしたスペイン帆船「ビクトリア号」の復元船が四日、名古屋港ガーデンふ頭(名古屋市港区)に入港した。船は七日から八月五日までの約二カ月間、愛・地球博(愛知万博)スペイン館の“洋上パビリオン”として無料公開される。

ビクトリア号は午前十一時前、愛知万博でスペインとフレンドシップを結ぶ愛知県清洲町の町民による「清洲信長出陣太鼓」が響き渡る中、大勢の関係者や観光客に出迎えられ接岸。記念式典でイグナシオ・フェルナンデス・ビアル船長(63)は「一万五千八百マイル(約二万五千三百キロ)の航海で万博会場に到着した。歓迎してくれた皆さまに感謝します」とあいさつした。

ビクトリア号は一九九二年のスペイン・セビリア万博で復元され、愛知万博のために昨年十月、同国を出帆した。


のように報じており、「洋上のパビリオン」出現を歓迎していました。

ここで、「ビクトリア号」ってどんな船なのか?ということについて、愛知万博の「スペイン・パビリオン」のサイトを参考にしながら見ていくことにしたいと思います。

「ビクトリア号」がセビーリャの港から出発したのは1519年8月10日。その頃のヨーロッパは「大航海時代」つまりヨーロッパの国々が世界に乗り出した時代で、その先鞭をきっていたのがスペインとお隣のポルトガルでした。

その頃のヨーロッパは、肉食が普及し、肉を保存するための保存料としての「香辛料(香料)」の需要が高まっていました。香辛料が多く採取されるのはインドやモルッカ諸島(香料諸島)で、当時はペルシア湾ルートから入ってきた香辛料をジェノヴァ商人が、紅海ルートから入ってきた香辛料をヴェネツィア商人がヨーロッパにもたらしていました。ところが、ペルシア湾ルートがオスマン帝国によるビサンツ帝国の滅亡により衰退し、貿易を牛耳っていたジェノヴァ商人が大西洋ルートに着目し、彼らがポルトガルやスペインに接近して両国に対して資金や技術を与えたことから、スペインやポルトガルが「大航海時代」の先駆者的な存在となっていったのです。こういった事実は、クリストファー・コロンブスもジェノヴァの船乗りで、カスティーリャ王国のイサベル女王の援助を受けて「新大陸」を発見したという例を見ても分かります。

マゼラン(実は彼はポルトガル人で、日本でも「マガリャンイス」と呼ばれることも多くなっている)は、時のスペイン国王であったカルロス1世(世界史的見地から見ると、カール5世という名前で有名な人)の援助を受け、セビーリャ港から出航します。実は「ビクトリア号」を含めて5隻で出発しました。トリニダード号、サン・アントニオ号、コンセプシオン号、サンティアゴ号、そしてビクトリア号。

遠征隊は大西洋を渡り、ブラジルとアルゼンチンの海岸沿いに南へと進み、マゼラン海峡の入り口に到着。しかしこの時点ですでに一向は、アルゼンチンのサンタ・クルス川で座礁したサンティアゴ号を失っていました。さらに海峡を航行中、サン・アントニオ号が遠征隊を見捨て、セビーリャに引き返してしまいます。

マゼラン一行は航路を西に向け、フィリピンに到着しますが、そこで現住民との戦闘が起こり、首長のラプラプによって、マゼランは命を落としてしまいます。また、他の船も座礁や争いなどにより乗組員がいなくなるなどして、ついに残ったのがビクトリア号。「ビクトリア号」は、1522年9月6日にスペインのサンルーカル・デ・バラメダにたどり着き、その2日後、セビリーリャに帰港を果たしました。

名古屋港に来ている「ビクトリア号」は16世紀当時のものではなく、エルカーノの航海から約500年後、そしてアメリカ大陸発見500周年を記念して「発見の時代」がテーマに掲げられた1992年に行われた「セビーリャ万博」の時に復元されたもので、愛知万博が開幕するにあたって再び世界一周を行うプロジェクトが進行されることが決定され、さらに修理されて、最新鋭のレーダーなどを搭載して、2004年の10月頃から大西洋をわたり、パナマ運河を渡り、アメリカを渡り、ハワイを経由して東京に到達しました。

世界一周をした船なのだから、きっとデカい船なんだろうなぁと思って、名古屋港ガーデンふ頭で「ビクトリア号」と対面したら、これが意外に小さいんです。隣に南極に行った「ふじ」が展示されているから特にその「小ささ」なるものが感じられてしまいます。

埠頭からビクトリア号を撮影

「ビクトリア号」は、長さが25.9mで幅が6.72mだということだそうですが(数字で言われてもよく分からん)、第一印象は、

「こんな小さな船が世界一周をした。名古屋までよく来たもんだなぁ。」

といった感じでした。

見学は、11:00-13:30までの午前中の部と、14:30-17:30までの午後の部に分かれています。ぼくが名古屋港に着いたのは、午前の部が終わる13時20分でした。午前中の部ギリギリに入るか、午後の部の1番に入れればいいかなぁと思っていましたが甘かった…。とにかく人人人でした。13時20分から午前の部で見学しようというのが甘かったようで、結局1時間その場で待っていました。幸いに、1時間も待てるか!という人がいたので、列はほぼ最前列に近い場所がキープできました。見に行く時は、避暑対策や水分補給対策を十分に行う必要がありました。待つ場所には日よけが全くありません。ぼくはペットボトルのお茶とスペインサッカー代表のキャップを被って暑さをしのいでいました。

14時30分に午後の部の見学が開始。時間ピッタリに見学が始まったのはビックリ。日本人の時間のペースに合わせてくれているのだろうか…(笑)。もちろん一番に見学できました。

船首からビクトリア号を撮影

風が少し強いせいか、船が激しく揺れていました。きっと日本に来る間にもっと天候の悪い日もあったことかと思いますが、その時にはもっと船体は揺れたはずです。後日、スペインパビリオンのアテンダントと個人的に話しをしていて、アテンダントが、

「東京から名古屋に移動していた時に、日本人スタッフが同乗したみたいなんだけど、天候が悪くなって風雨が激しくなったときに、スペイン人の乗組員は平気みたいだったけど、日本人スタッフはゲーゲーやっていたみたいだよ。」

と教えてくれたのには納得。もしぼくがこの船に乗って旅をしたとしたら、きっと日本人スタッフのようになっていただろうと思います(ぼくは船が嫌いです)。

中の展示は、説明が英語で分からない人には何の展示か分からない感じです。「ビクトリア号」のパンフレットの説明も全て英語。これではいけません。せめて日本語のできるアテンダントをもう少し増やして、いろいろと展示の説明をしてもらえたらなぁと思います。

ビクトリア号船内の展示物(地図)

また、船長をはじめとした乗組員もいるのであれば、もっとその人たちと「交流」できる機会があるといいと思います。確かに船上には乗組員がいます。しかしその人たちはスペイン語とか英語とかぐらいしかできないわけで、日本語ができるわけではありません。「¡Hola!」とか「Adios.」と話すだけなら、スペイン・パビリオンにいるアテンダントのお姉さんだとかにも言えるわけで、遥々スペインという遠いところから日本に来ているわけだから、スペイン語と日本語の分かるスタッフは置いた方がいいのかもしれません(いたとしても、機能していなければ意味がありません)。もちろん、ぼくみたいにスペイン語でチャレンジという人もいるわけで、そういう人にはそんなスタッフをつける必要はないわけでして…。

船が小さいせいか、同時に見学できるのは30名まで。そこにかなり人が集まりました。ぼくが降りる頃には、ぼくが乗船した時以上にたくさんの人が並んでいました。

ちなみに、この「ビクトリア号」の世界一周のプロジェクトですが、単に帆船を再現しているだけでなく、次のような実験も実施しているようです。

  1. 「16世紀と現代」:食物と、乗組員の栄養状態への影響について
  2. 「技術的側面と、船上生活」:16世紀の時代の大洋航行について
  3. 海上の環境要因が皮膚状態の変化に及ぼす影響について
  4. 造船、航海、16世紀の船上生活について
  5. 「人類学上の研究」:乗組員と、世界一周について

ビクトリア号のウェブサイトから引用したものですが、当時とほぼ同じ環境で世界一周をすることで、人文科学的には、社会科学的には、また自然科学的に、如何なる影響があるのかを検証する機会でもあるようです。これについて結果が出るのは、おそらくクルーがスペインに戻った後であろうと思われるので、注目しておきたいと思います。

ビクトリア号船内のサラゴサ万博案内展示

また、「ビクトリア号」のある近くの建物では、次回の万博である「サラゴサ万博2008」の宣伝と今回の「ビクトリア号」についての展示がありました。EXPO ZARAGOZA 2008のテーマは、「水と持続可能な開発」だそうです。最近、「持続可能な開発」という言葉をよく耳にします。産業革命の時代に、最新技術の品評会というようなスタンスから始まった「万国博覧会」ですが、ハノーバーや今回の名古屋の万博を見ても分かるように、「環境」問題を大きく取り上げる博覧会になってきています。サラゴサ万博には足を運ぼうと思っていますが、どんな万博になるのか、楽しみです。

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名古屋港を後にしました。いいモノを見せてもらいました。

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