2002.02.12 バルセロナ一日散策

実質的に最終日となったバルセロナ自由行動。先にその行程を説明すると、このような感じだ。

(1) バルセロナ港
(2) カタルーニャ歴史博物館
(3) カンプ・ノウ・スタジアム & FCバルセロナ博物館
(4) グエル公園
(5) サグラダ・ファミリア [再び]
(6) 弁護士事務所
(7) カサ・ミラ
(8) グラシア通り散策 & エル・コルテ・イングレス

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となっている。

この自由行動は、友蔵と清麿とぼくの3人で基本的に動くことになった。3人で相談して、みんなの意見を均等に取り入れることにした。(1)と(2)はぼく、(3)は清麿である。(5)以外の残りは3人ともが行きたかった場所である。

ぼくたちはまずメトロ (地下鉄)を使って港に向かった。ぼくは広い海が好きだ。ヨットハーバーみたいなところは特に好きである。ヨット・ハーバーが付いている家に住みたいと思っているぐらいだ (あくまで理想!!)。太陽の光が海に反射して、波が作る光の芸術を家の中に取り込む。白の天井で海が見たい!

20020212カタルーニャ歴史博物館とバルセロナ港

カタルーニャ歴史博物館とバルセロナ港
(撮影日: 2002年2月12日)

実はバルセロナ港にはヨット・ハーバーを見に行くために訪れたわけではない。カタルーニャ歴史博物館に行くためだ。スペインの「地方」を見るためにぜひ行っておきたかったところなのだ。ここは大概の旅行ガイドブックには載っていない。地図でちょこっと書いてあるだけのところだ。しかしその理由はすぐ分かった。日本語ガイドが全くない!!ガイドがあったのは「メジャー」のカタルーニャ語と「マイナー」なスペイン語と「仕方なく付けてやった」と言わんばかりのガイドしかなかった英語しかなかったのだ。清麿と友蔵は英語のガイド・パンフレットを持って、ぼくはスペイン語のガイド・パンフレットを持って (しかもこれがレンタル!!帰るときに返さないといけないのだ!!)、歴史博物館の見学をした。

ところで、ぼくはスペインに1週間いるだけで英語が出てこなくなっていた。ぼくはできるだけスペイン語で話すことを心がけてきて、それがもとでいろいろなネタができたのだが、逆に英語が出てこなくなってしまった。スペイン語での表現方法が分からなくて、英語を使ってコミュニケーションを図ろうとしても、頭のどこかでスペイン語が邪魔をしてきて、英語とスペイン語が混ざった英語を話す自分がいた。ぼくが英語のガイド・パンフレットを持たなかったのは、何を隠そう「英語」が読めなくなっていたからである。

閑話休題、ここでも予備知識と現物とがリンクしてきた。フランク王国時代のバルセロナ、スペイン国内ではバルセロナが一番最初に産業革命が起こったこと、ヒトラーが登場した時代にベルリンオリンピックに対抗してバルセロナで行なわれようとしたオリンピックの話、フランコ独裁政権時代のバルセロナでカタルーニャ語の使用が禁止されていたこと、1978年憲法の成立時のヴィデオ映像などがあった。スペインの歴史を学ぶ人間にとってはどれもこれもが印象深かった。が、カタルーニャの歴史について何の予備知識もなく見学をしていた彼ら2人はきっとつらかっただろう。ぼくも精一杯ガイドはしたつもりなのだが…。

20020212カンプノウスタジアム

カンプノウスタジアム
(2002年2月12日現在)

予定の時間になったので、ぼくたちは次の訪問地へと出発した。カンプ・ノウ・スタジアムだ。FCバルセロナ (以下、バルサ)のホームグランドだ。このスタジアムはだいたい10万人入る。東京ドームの収容人数の2倍弱といったところだろうか…。特にライバルのレアル・マドリードとの対戦になるとスタジアムは満杯になるらしい。この2つの地域には複雑な感情が交じり合っていて、それがサッカーの2つの強豪チームの応援にも影響を与えているのだ。しかしながら、現地の人たちにはとても失礼だが、こういった「地域主義」の背景が分からなくても、イレブンがワールドカップに出てくる強豪選手ばかりなので、十分サッカーとしても盛り上がれるはずだ。レアル・マドリードにはラウールやフィーゴやジダーンやロベルト・カルロスが、バルサにはリバウドやクライファートやプジョルといった選手がいる。これだけ贅沢なクラブチームの試合は、世界を探してもそんなにないと思う。

移動中のタクシーで、運転手に

「日本でもバルサの試合はやるんだよ。バルサ最高!!」

と話し掛けると、バルサの現在の状況を説明してくれた。

「現在の順位がこうでトップはこのチームで…」

親切な運転手だった。ちなみにこの当時のトップはバレンシアで (だからバレンシアでサッカーが見たかったのだ!!)、2位にレアル・マドリード、バルサは4位だった。「レアル・マドリードが負けてくれると…」とおっしゃっていたところでは随分興奮しているのがぼくにも分かった。

タクシーを降りてスタジアムに入った。まずはピッチの芝がきれい!!それから観客席とピッチとの距離がとても短く、プレーもよく見えそうだ。ここは10万人を収容できる。ライバルの対R.マドリー戦には満席になるのだとか…。ぼくたちは試合を観戦したわけではないが、バルサのスタジアムを見られただけで感動だ!!その後隣接するバルサ博物館へ。博物館には、チームの歴史を、歴代オーナーや昔のユニフォーム・トロフィー・メダルの展示を通して紹介している。途中にはサッカーのボードゲームがあり、子供が来ても決して飽きがこないようになっている。

バルサはソシオによってクラブが運営されている。だから、チームが地域に溶け込んでいるようだった。というより、地域がチームを大事にしているといった感じを受けた。現在バルサは資金難に喘いでいる。欧州全体で高額の移籍金で選手を獲得する傾向があるが、バルサも御多分にもれない。移籍金の高騰とバルサのような強いチームで特に起こる試合数の多さによる選手の怪我の問題など、スペインサッカーに限らずヨーロッパサッカーは重大な危機に瀕している。ぼくたちにはハイ・クオリティな試合を見せてほしい。これがプロ・スポーツの基本的な姿勢だと思う。

ぼくたちはカンプ・ノウ・スタジアムを後にして、グエル公園へ。

20020212グエル公園

グエル公園
(撮影日: 2002年2月12日)

ここには、ガウディが設計したグニャグニャのベンチがある。ちょっと前までは世界最長のベンチということでギネスに載っていたそうだ。ここに座ってみたが、最高に気持ちいい。日本の公園で見かけるようなベンチといえば角角したベンチが多いが、ここは座るところも丸けりゃ背もたれも丸い、そしてベンチも波打つようにず~っと曲がっている。

20020212グエル公園2

グエル公園(右側に波打つベンチ)
(撮影日: 2002年2月12日)

テレビ東京系「芸術に恋して!!」という番組で、手塚治虫さんの漫画についてやっていたときに、手塚先生が「人間って丸いものの方が愛着が湧くんだ」とおっしゃっていたVTRが流れていた。手塚漫画の描写方法というのは、少々区別の仕方が単純かもしれないが、悪者には角角したラインで、正義の味方には曲線を中心にしたラインで描いているそうなのだ。ガウディが「人間に安らぎを与えるための建築」を考えていたのかは分からないが、ガウディの言葉にも曲線について、

「人間が発明したものなんかない。自然から発見したものにすぎない。神は直線を創っていない。」

と言っている。ガウディは自然のものをそのまま映そうとしている。人間は自然に対して安らぎを求めようとする。だから、ガウディの作品は人間にとって優しくなっているのだろうと思うのだ。ガウディの作ったベンチに座って気持ちよさを感じたのは、こんな論理があるからだとぼくは思った。

グエル公園にはガウディが住んでいた家がある。現在は博物館になっていて、ガウディが愛用していた家具類が展示されている。ちなみに家具類も全部曲線。そこまで徹底している。

20020212ガウディが住んでいたことのあるとされる家

ガウディが住んでいたことのあるとされる家
(撮影日: 2002年2月12日)

グエル公園を去り、清麿とぼくは再びサグラダファミリアへ、友蔵はカタルーニャ音楽堂へ。カタルーニャ音楽堂にも行きたかったのだが、お土産というものを全く買っていないことに気付いたぼくは、サグラダファミリアへ再び行くことにしたのだ。それに、サグラダファミリア内にある博物館にも行っていなかったので、それを観るためという目的もある。あと、スペインにせっかく来たということもあり、少しでもサグラダファミリアの完成に近づかせるため、資金を寄付しよう (これ本当に冗談抜きで)という理由で行くことにしたのだ。この辺がぼくのバカなところだ。

サグラダ・ファミリア
(撮影日: 2002年2月12日)

サグラダファミリアのあと、実は弁護士事務所「CUATRECASAS」に行くことになっていた。皆さん、憶えていらっしゃるだろうか。マドリードの本屋で「日本の民法」の本が買えなかった話を…。実はマドリード最終日の夜にサルバドール弁護士と打ち合わせをして、サルバドール弁護士が所属する弁護士事務所「CUATRECASAS」のバルセロナ事務所に本を届けていただけることになっていたのだ。そこで行くことに。清麿にとっては外国の弁護士事務所は初体験らしいので楽しみだと言っていたが…。

ここでのやり取りは長くなるので割愛するが、マドリード事務所とは違ってバルセロナ事務所は、その弁護士事務所の親分格 (店で言えば本店)なので、規模もやっぱりデカイ。入口には為替レートとスペイン証券取引所の取引状況、世界の3大証券取引所の市況や、各銘柄の動きなどが瞬時に分かるディスプレイが受付すぐの待合室にあった。日本の弁護士事務所といえば、せいぜいパソコンが並んでいるぐらいがハイテクと呼べるレヴェルなのかもしれないが、ここは違う。何と言ってもニューヨークやブリュッセル、南米にも事務所を構える国際的弁護士事務所なのだ。その本店が小っちゃければ、いったいどうなるんだっていう話だ。さすがのぼくも驚きを隠すことができなかった。日本の弁護士が海外の訴訟に弱いと言われているが、こんなものを見てしまったら、それも分からないことはない主張だと思わず頷いてしまう…。日本でもスペインでも司法制度改革が叫ばれているが、はたしてうまくいくのだろうか…。

さて、友蔵とはカサ・ミラで合流。カサ・ミラもガウディが作った作品。カサとはスペイン語では「家」を意味するのだが、ここはいわゆる分譲住宅でもあり、現在も暮らしている人もいるそうだ。この建物もガウディらしく、直線を一切排している。同じ構造の部屋というのが絶対的に存在しない。家具もそれにあわせて曲線で作ってあるらしい。目が回りそうな感じもするが、ここでも光の入り方や人間の居住空間で感じる心地よさを考えて作ってあるとのこと。カサ・ミラの上の方にある博物館から屋上にも上ることができる。東を臨むとサグラダ・ファミリアが小さく見える。

20020212カサミラの屋上

カサ・ミラの屋上
(撮影日: 2002年2月12日)

その後、グラシア通りという通りを南下してスペインで唯一の百貨店「エル・コルテ・イングレス」で買い物を。スペインでお土産を買う時間を節約したい人はこの店がお薦め。ここではCDを2枚。オリーブオイルを何本か買ってホテルに帰った。

晩御飯はホテルのレストランで。最後の晩餐にしては質素だったと思う。

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これでもうスペインは終わり。翌日は夢の国スペインから日本に戻らなければならない。すごくセンチメンタルな気分に。夜はそういう気分のせいか、あまり眠ることができなかった…。

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