2002.02.08 コルドバ、セビーリャ、ロンダ、ミハス… – アンダルシアを堪能した日その1

コルドバ

「グラスかボトルか」のスペイン語が聞き取れなかったために、ワインのボトル1本を、誰にというわけではないのだが、飲まされてしまったが、朝は何とか起きることができた。スペインの朝食は質素なのだが、旅行者が多いホテルはバイキング方式で、出てくる料理もわりと豪華でかつ美味しいらしい。このホテルもご多分にもれず美味しい。ナランハ (オレンジ)ジュースをたくさん飲んだ。パンはフランスパン(ぼくはフランスパンが大好きだ)にカラッと揚げたベーコンと炒りたまご。たらふく食べた。

朝食を食べた後、バスで「花の小道」というところに移動した。ここは、ユダヤ人街なのだそうだ。しかし、ここに着いたのが午前9時00分だったので、人があまりいない。ここの見所は、有名なラ・メスキータを撮るのにはいい写真スポットだというところ。街の雰囲気はもうまさに「カサ・ブランカ (Casa Blanca)」という感じである。コルドバに来て感じるのはやはり陽射しの強さ。冬でも帽子とかサングラスをかけていないと、とても過ごせない。夏になると、気温が40度以上になるのはザラだという話。コルドバなどのアンダルシア地方に「カサ・ブランカ (Casa Blanca)」つまり「白い家」が多いのは、家の表面を白くすることで直射日光が家にあたらないようにするためなのだそうだ。知識としては相当な予習をしていったので知ってはいたが、やはり現実を見るとそこから感じるものがある!!来てよかったかなぁと思った瞬間でもあった。

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20020208花の小道から見えるメスキータ

花の小道から見えるメスキータ
(撮影日: 2002年2月8日)

次に訪れたのはメスキータ。メスキータは、イスラーム勢力がイベリア半島にあった頃、イベリア半島のイスラーム勢力 (ムーア人)の総本山みたいなところになっていたところで(グラナダも有名だけど年代的にはこちらの方が先に発展した)、イスラームの総本山であるバグダッドに負けないモスクを作ろうということで建てられた建物。

20020208メスキータ

メスキータの馬蹄型アーチ
(撮影日: 2002年2月8日)

しかしレコンキスタが西暦1492年にグラナダで終了して、イベリア半島からイスラームの勢力がいなくなった後、建築が好きなカルロス5世がこのモスクをキリスト教の教会に変えてしまった。だから今では「教会」なのだが、「教会」なのに建物が「十字架の形」をしていない。教会というのは、その上から見ると「十字架の形」をしているのが普通なのだそうだが、ここにはそういうルールが反映されていない。そんなことを他のツアの日本語ガイドを聞きながら知った(見つかって途中で追い出されたが…)。ここはイベリア半島史を知れば知るほど本当にすげぇところだと思えるところ。ぼくはグラナダにあるアルハンブラ宮殿ぐらいお薦めなところだ (添乗員さんはアルハンブラ宮殿よりお薦めとも言っていたぐらい)。ぜひスペイン周遊旅行を考えている人は、ここを予定に入れるといいと思う。

セビーリャ

アンダルシア自治州

そのあとセビーリャ (Sevilla)に移動。セビーリャは現在のアンダルシア自治州の首都。西ゴート王国の首都だったところでもある。セビーリャといえば、バルセロナ・オリンピックが行なわれた1992年に万国博覧会が行なわれた場所である。この日は、労働組合のデモ行進か何かでセビーリャのスペイン広場 (1929年に開かれたスペイン・アメリカ博覧会の会場として作られた場所)が閉鎖されるなどで、ちょっと旅行者としては行けなくて残念だったが (広場の形が半円できれいだという話はお聞きした)、スペイン最大のカテドラルとも言われるセビーリャのカテドラルには行けたので、お金を惜しまず行くことにした。そこには「ヒラルダの塔」というのがあって登ってみたが、階段が螺旋のため頂上に上る頃には目が回って仕方がなかったところだった。

セビーリャを出たのは午後2時30分頃。ここは「フラメンコの本場」ということなのだそうだが、この時間に離れてしまったのが残念。また来て、ここに泊まってここでフラメンコが見てみたい。

ロンダ

次に訪れたのはロンダ (Ronda)というところ。ここは崖の上に作られた街で、バスでロンダの街まで登っていったのだが、もう今にも崖から落ちそうなところにカサ・ブランカがあったりして、車窓から見てもスリリングであったが、逆にロンダの街から下を見下ろすと、川が紐みたいに見えたり、家が鳩の糞 (汚い形容…)みたいだったりと、さすがは要塞都市という趣であった。山にはアーモンドの木にきれいなピンク色の花が咲いていた。桜にとてもよく似ている花だ。日本人なら桜の花と間違えると思う (ぼくも間違えた!!)。2月にアーモンドの花が咲くところなのだ!!

ロンダという街は、「近代闘牛発祥の地」と呼ばれ、そこには1785年に建てられた「闘牛場 (Plaza de Toros)」がある。この闘牛場は、映画「カルメン」の舞台にもなったところらしく、闘牛場の中には一般の人も中に入れる。そう、牛とマタドール (Matador)が闘うアレーナ (Arena)の砂が踏めるのだ。そして闘牛博物館 (Museo Taurino)もあり、Matadorたちが着ていた服などが展示されている。ぼくと清麿とツアで知り合った友蔵は、闘牛場に入っていった。

20020208ロンダの闘牛場

ロンダの闘牛場
(撮影日: 2002年2月8日)

ここでは専ら「ボクの闘牛講義」。闘牛士には階級があること、闘牛のやり方、どこの席の値段が高いか、といったことを彼らに説明。知識としては知っていたのだけれども、やっぱり実際に見ると違う。例えば、闘牛場のシートは、東側が値段が安く西側が高いのだが、それは太陽の位置関係のためなのだ。闘牛は春から秋にかけての夕方から始まるため、「陽射しが強くて暑い席」は安くなるというわけだ。実際それを観客席の真ん中ぐらいに座って見てみるとなるほどなぁと分かる [写真参照]。ちゃんと日向と日陰に席が分かれている。ちなみに、闘牛はアレーナにできている日向と日陰の占める面積がちょうど半々になった時間に始まる。スペイン人は時間にルーズだと言われているが、スペインで時間どおりに行なわれる数少ないものの1つだという声も聞かれる (テレビ番組ですらノリで時間が延長したり短縮されたりするぐらい…。だから最近まで日本でいう「ザ・テレビジョン」のような週間テレビ番組表のついた雑誌が売っていなかったのだという。いや、売っていてもメリットが殆どないので売っても仕方がないといった方が表現としては適切かもしれない)。

ミハス

そういう経験をした後はミハス (Mijas)のホテルに。この日はまず部屋で一休みした後で添乗員さんがパソコンを貸してくださったので、友達のところにメールで近況報告。また、ゼミの黒田先生にはサルバドール弁護士にきちんとお会いできたことなどをメールで送信した。その後、また9時30分か10時00分ぐらいから飯を食べることに。相変わらずぼくはワインボトル1本を1人で飲んでいた。前菜が来る前からボトルの半分は空いていたような…。でも飲めちゃうんだなぁ、これが。当然酔っ払いました(笑)。ロビーではギターを片手に歌を歌っている人もいて、またこれがいい雰囲気を作ってくれて酔う要因を作ることに。気分よく酔ったあとはホテルの周りを散歩して酔い覚まし…。スペインの夜風は気持ちを癒してくれて本当に気持ちがいい。30分ぐらい外にいた。ホテルに戻ると、まだロビーでギターを奏でながら歌を歌っている人がいて、それを清麿と終わるまで聞いていて、演奏が終わったら拍手。一歩間違えれば、桜の花見でカラオケ大会やっているオッチャンたちと変わらない。ちなみに清麿はほとんど飲んでいない。飲めないからだ。

部屋に戻ったらバタン・キュー。

「清麿、先に風呂に入って来い!!」

これがスペインにいる時のぼくの「おやすみなさい」の挨拶だった。ここからはよく分からないが、清麿が風呂から上がると、ぼくは大いびきをかいて寝ているのだとか。そして隣で寝ていた清麿に(ダブルベッドではなく、ベッドの足はきちんと分かれていて、若干の隙間はある!!)ラリアートをくらわせていたとか…。

「そのようなことは記憶にございません。」

どこぞの国の国会議員の国会答弁だ。ぼくが一度目を覚ますとぼくの体の上には毛布が…。優しいね、清麿。まさかぼくに気があるんじゃないの?ひょっとしてホモなのは清麿!?というのはほんの冗談だが、清麿はそういうところは本当に優しいと思う。それにしてもこの生活をまだ2日間も図々しく続けるんだから、誰かさんは本当にダメな人だ。

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話によると (ここは記憶が吹っ飛んでおります)、ぼくは友蔵の部屋で友蔵と2人で1日フリーになるバルセロナでどういう行動をしようかという話をしていたらしいのだが、結論が出たのにまた同じ質問を4回ぐらい繰り返しただとか…。本当に皆さんに迷惑かけっぱなし。ちなみに次の日はワイン1本を軽く超えていた(苦笑)。反省の色無し(苦笑)。

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