2002.02.07 マドリードからコンスエグラを経てコルドバへ…

マドリード最終日

明けて3日目。ツアで知り合った友蔵と合流して、清麿とぼくの3人で王宮に。初めてスペインに行ったときには王宮には行けなかったので王宮へ行くことに。

20020207スペインの王宮

スペインの王宮
(撮影日: 2002年2月7日)

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現在の王宮は、国王は住んでおらず国の儀式のために使われている建物だ。ボクたちは中に入ることに。入口を入るとすぐにあったのは銅像。誰か分からなかったので、近くにいた掃除のオバサンに声をかけて、

「あれ誰ですか?」

と質問したら、

「今の王様だよ。」

と教えてくださった。普通ならばここで会話はストップするはずなのだが、今回のスペイン旅行にはスペイン語を話しに来たようなものだから、ぼくは無理やり会話を継続させた。

「彼は国家元首なのか。」

こんなことをわざわざ聞かなくてもいいことをわざわざスペイン語で訊ねた。おばさんは、ぼくの質問に少々戸惑っていたようだったが、

「Sí.」

と返事してくださった。だんだんスペイン語を話すことが楽しくなってきた。ちなみに、「王様」はスペイン語では「レイ (rey)」で「国家元首」は「ヘッフェ・デル・エスタード (Jefe del Estado)」という。

王宮は、カトリック両王の彫刻が部屋の出入口にあったりと、権力者としての「権威」を如何に国内に示すかというエネルギーをいっぱい感じた。ここはスペイン語で書かれた「王宮」についての本を購入。そしてホテルに帰ることに。

実は、帰った後が一大事件。清麿がT/C (Travelers Check)を現金にしたいと言い出したのだ。これ自体は何ということではない。しかし事件になったのはここからなのだ。

まずはホテルのフロントに行って現金にしてもらおうと清麿が英語で聞いてみた。しかしホテルではできないのだと言う。

そこで、次にホテルの向かい側にあった銀行に。銀行に入って一先ず清麿とともに列に並ぶことに…、清麿はスペイン語ができないので通訳をするために、念のために付いていったのだ。やはりスペインという国らしく、窓口業務もすごくのんびりしている。なかなか前には進まない。「ゆっくりだなぁ~」と感心(!?)していたら、いきなり入口にいた銀行員がいきなりぼくたちのところに来て、

「何しに来たんだ!?」

とスペイン語で言われる始末。これにはびっくりした。入口にいた銀行員は不審な日本人2人組いるので「何だこいつら!?」と思ってぼくたちの方に来たのかどうかは定かではないが、いずれにせよぼくたちがしようとしていることを説明しなければならない。しかしT/Cというスペイン語が分からなくて焦った。ここで勘を働かせて、知っていたCheque (小切手)と Viaje(旅行)という言葉を使って、

“Quiere a cambiar de cheques viajeres a dinero.”
(彼がT/Cを金に換えたいんだ。)

ととっさに返したら、

「分かりました。」

と言われた。こんなもんでいいのか?まず第1関門突破だ!!

しかし次が大変。窓口でのこと。ぼくは同じように換えたいと説明したのだが…窓口の人たちはみんな固まってしまった…。通じていないのではないということは雰囲気で分かった。ここからの行員同士のスペイン語でのやり取りが始まった。それは聞き取れなかったが、混乱していたのは雰囲気で分かった。しばらくすると窓口の女性はどこかに電話をかけ、やり方を聞いているようだった。

(あんた、入口の人がここで換えられるって言ったじゃんか!!何聞いてるんだよ!!)

とにかく待ってるしかなかった。10分ぐらいして、

「パスポートを出せ。」

と言われ、スペインでは通じるパスポートのコピーを提出。これでまた5分ぐらい経過。今度は

「本物を出せ。」

と言ってきたのか、最初は聞き取れなかったので、

「もう少しゆっくり話して。」

と言ったら、

「オリヒ~ナル!!」 (註; 「オリジナルのパスポートを出せ」の意味)

とでかい声で言われる始末。日本の銀行ではあり得ない話だ (でも日本の窓口みたいな「営業スマイル」も気持ち悪いと思うが…)。客に対して怒るなよ~、ぼくは言葉にハンディのある日本人だよ(笑)。ぼくがサルバドール弁護士と話した時に、ぼくの話した日本語がサルバドール弁護士には聞き取ることができなかったとき、違う単語でゆっくりと話してあげたのに…。それはともかく、サインをしろだの何だのと言われて(これは当たり前ですが…)、ようやく終了!!たかだか1枚のT/Cを現金に換えるのにかかること35分。ふ~、やってられないよ(笑)。でもいい経験ができた。

コンスエグラへ

このあとぼくたちはバスでコルドバ (Córdoba)に移動。途中でコンスエグラ (Consuegra)という街にたどり着く。ここはもうマドリードとは違う雰囲気。白くて大きな風車がある小高いところにある街。そこには陽気なオジサンが…。変な日本語を話す人だった。

20020207コンスエグラの風車

コンスエグラの風車
(撮影日: 2002年2月7日)

ぼくがスペイン語で話し掛けると、なぜか「サムライ」というニックネームを付けられてしまった。ちなみに、カップルでツアに参加していた人たちは「新婚さん」というコンビ名を付けられていた。ついでに「いらっしゃ~い」という日本語でも教えておけばよかったかな?ここでは風車の中に入れてもらって、そこから見える絶景を楽しんでいた。

コルドバへ

コンスエグラを去り、1回トイレ休憩をはさみ、午後6時30分ぐらいにコルドバに到着。もうそこはマドリードともコンスエグラとも違った雰囲気だ。道路にはオレンジ並木があり、オレンジの実が落ちていた。どうやらこのオレンジは酸っぱくて食べられないらしい…。ぼくは台風の後の銀杏の木の下で銀杏を拾っているオバチャンたちの姿がこのオレンジの木の下にもあるのかと内心面白がっていたのだが…。どうやらこれらのオレンジはマーマレードになるらしい。

コルドバは、世界史を勉強していた人ならば誰でも知っている都市だと思われるが、かつてスペインがイスラーム勢力下だった頃のイスラームの首都である。だから、街の雰囲気は妙にイスラームっぽいところがある。街で一番よく目立つ建物のメスキータは、8世紀に建て始められたイスラームの大寺院。お薦め!!ヨーロッパでイスラームのモスクが見られるのはスペインぐらい (反証があったらぜひ教えてください、勉強になるので)。アルハンブラ宮殿もいいが、こっちもいい。メスキータには明日行くことになっている。

夜はメスキータ近くまで20分ぐらい歩いて、メスキータに架かっているローマ橋を写真で撮って(ライトアップがすごくきれい…でも暗くてフラッシュが届かず写真は真っ黒)、泊まっていたTRYP Gallosにあったバルでお食事。まだ午後9時30分。スペインでは、ちょっと夜のご飯にしては早いかな?という時間。ぼくは好物のトルティーリャ・エスパニョール (スペイン風オムレツ)に舌鼓を打ちながらワインを飲むことにした。ところが、ここでまたしてもスペイン語の力不足が…。「グラス1杯なのかボトル1本なのか」と聞かれたようなのだが、何言っているのか分からなかった(昼間の銀行で疲れてスペイン語の脳にはならなかった)ので、適当に「後の方のやつお願いします」と言ってしまった。マスターが何を言ったかが分かったのは注文が来てから。ボトル1本、ワインがきてしまった。一緒に食事していた清麿はお酒が飲めない。そうすると、ぼくが1本開けなきゃいけなくなってしまう (驚)。ぼくもそんなにお酒は強くないので、ワイン1本 (750ml)を1人で飲むにはちょっときついかなぁ…… (昼間のトイレ休憩でもビールの小さなビンをコーラを飲むような感覚でグイっと飲んでしまっている)と思って飲んでいたらなんと飲めてしまった…。

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バルで飲んだ後、酔いながら部屋に戻って休むことにした。まずはベッドでゴロっとして、清麿が風呂から上がるのを待ちながら、次の日に行くところの予習を「地球の歩き方」という旅行ガイドブックを使ってやっていた。清麿が風呂から上がり、今度はぼくが風呂にチャチャっと入って床についた。

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